《第645話》『挑発にして挑戦状』
「フフン、かつて鬼神と呼ばれた妾を、ナメてもらっては困るぞ? やると決めた時は全力だ」
横並び、そしてコーナーの脱出速度の関係で、そのまま前に出る。妾が前に出ると、冀羅はこの状況に抗うことを示すかのように、こちらのスリップへとついた。
正直言うと、今ここで追い越してしまうことは得策ではなかった。まだコースは中盤にさしかかるか否か、と言ったところ。後半にも仕掛けられるポイントはあり、そしてそれは向こうも同じであるはずだ。
だが、妾はこの勝負を楽しみたいのだ。
追い抜いたり、追い抜かれたり。それ以上に、向こうのさらなる本気を見てみたいと言う気持ち。それらがすべて合わさり、妾をこの行動へと出させた。
闘争本能とは、やられたらやり返さざるを得ない気持ちを燻ぶらせる。よもやヤツが、ドシロウト相手におちょくられて黙っているハズがない。少なくとも、妾ならそうだ。
このフックスレーレを抜けた先は、アデナウフォレストと呼ばれるシケインのある区画だ。下りきったその先から一気に駆け上がり、最初の左中速コーナーが出現する。
登りに変わる直後あたりでブレーキングをし、横スライドを交えながらコーナーを攻略。一秒に満たない時間アクセルを全開にした後、すぐに減速して右中速へとアプローチ。
次に来る緩やかな左。そこからすぐに左へとさらに切れ込んだ後、右へと続く複合コーナーが現れる。
アデナウフォレスト最後の低速シケイン、前半はスローイン・ファーストアウトで抜け、後半をスムーズに抜けるのが正解のライン。
妾は後ろの同行に気を配りながら、セオリー通りにコーナーを抜ける。
すぐ後ろに、冀羅がついてくる。
ヘッドライトは、まるで眼光のよう。プレッシャーを隠しもせずに追い立ててくるその姿は、ホンモノの怪物のようだ。
さあ、どう返してくる――王者の血脈に連なる強者よ?




