《第643話》『息を殺す鬼神』
前を走るテールを、神経をとがらせながら妾は追走する。
クビッテルバッハ・ホーヘは、このニュルの最下層へと下るストレートから始まり、すぐに勾配のキツイ登りになる。
緩やかな右に沿いながら加速したその後は、このコース最初のジャンピングポイントが出現する。フルーグプラッツと呼ばれている右コーナーだ。
登りが終わるその寸前程で、コーナーへと侵入すべく減速を行う。まだ少し距離があるが、事前に準備をしきっておかねばならない地点だ。
高速コーナーであるフルーグプラッツではあるが、直前で車体が宙に浮くため、そうしなければコース外のガードレールに激突することになる。
運が悪いと、それも突き破って林の奥に消えて行方不明になる。捜索隊の世話になるなどまっぴらごめんだ。
――しかし、前にいる冀羅の奴もなかなか勇気のある。こちらに比べて、ウィングが生み出すダウンフォースは少ないだろうに、臆面なく高速であそこへ突っ込んでいくのだから。
この右コーナー、何度ゲームでしくじったことか。
そのデンジャラスゾーンを抜けたその先は、視界の開けた地点に出る。
緩やかな左をアクセル全開で抜ける地点で、とりわけ少ないリスクでエンジンのパワーを発揮させられるコーナーだ。
――妾は、冀羅の車体が通るラインをなぞるように、後ろにつく。
スリップストリームを利用し、前より受ける空気抵抗を減らすのだ。特にR35 GT-Rはウィングから得られるダウンフォースが多い反面、その影響を受けやすい。
走行を邪魔する空気が低減したことにより、自身の車が冀羅のテールへと吸いつくように接近していく。
本来なら、速度に差が出たところで抜き去りたい。しかし冀羅は、この道幅の狭い北コースの真ん中に陣取っているため、それを許してはくれない。
だが、前に出ることを邪魔してくるなど、最初から分かっている。
だから、その先にある高速左コーナー、スウェーデンクロイツ。そこで仕掛ける。
妾は――前を走る冀羅を更に鋭く睨み付けた。




