《第642話》『コントロールこそ速さ』
後方のR35に気を配りつつ、ハッツェンバッハ最初の低速コーナーを、北コースのピット出口から刈り込むようにクリッピングポイントを抜ける。
タイヤが滑る。北コース特有の狭い道幅に加え、この路面の埃っぽさは、いちいちコーナーへの侵入や脱出に神経を使う。
例え後輪が滑りだしたことによりシステムが前輪へエンジンパワーを配分しても、まるっきり大丈夫、と言うわけにはいかない。
操作を誤ればオーバーステアによってのスピンか、アンダーステアで芝生の上か。はたまた横滑りか。アクセル操作は慎重に行わねばならない。
ゆるやかな右の後、角度がやや鋭敏になる右高速コーナーが来る。一瞬だけブレーキで前に荷重を移してステアリングを切り、ドリフト状態で抜ける。
路面がよろしくないため、状況如何ではドリフトに持ち込んだほうが、素早く抜けられる可能性がある。滑らせても抵抗が少ないので、失速しづらいのだ。それでいて、フロントは出口へと向けられる。
しかしそれは向こうも分かっているよう。先ほどの高速コーナーを蟹走りで駆け降り、俺を猛追してくる。――と言うか、少しずつ近づいていないか?
だが俺は焦らない。この後は、緩やかな左に間髪入れず、角度のキツイ右が来る。クリッピングポイントを手前側に取るラインを頭に思い浮かべつつ減速。
確かなグリップ感と共に左を抜けた後、荷重の抜けたリアを振り回すように右へステアリングを切ってやや急角度、抵抗大き目にドリフト。
ストレートともコーナーとも取れない短い直線を横滑りさせながら、ホーホアイヒェンのS字へと仕掛けていく。
アクセルとブレーキを繊細に操作し、一つ目のS字を攻略。二つ目のS字は入口から後ろを滑らせていき、出口側の左をしっかりグリップさせながら抜ける。
本来のレースならば、こんなタイヤに悪い走り方はしない。何故なら、一般的なレースは数時間に及ぶ長丁場の上で、タイヤの交換をいかに効率よく行い、長持ちさせるかと言う、タイヤマネージメントも重要な技術だからだ。
だが、このレースはコースを一週回るのみ。だから俺は、この背水溝の付いていないレーシングタイヤ、そのグリップを使いきれるような走りを頭に思い描いている。
無駄に大きく消耗させることなく、しかしタイヤの性能を活かす走り。さて、割とちゃんとついてこれている後ろの鬼神サマは、どこまでついてこれることやら。
俺はしっかりついてくる後ろの白をちらりと確認して、クビッテルバッハ・ホーへの登りに差し掛かった。




