《第641話》『冷静沈着に燃え盛る』
全く。流石の妾も、相手を舐めすぎたと反省せざるを得ない。
確かに深く考えず、感覚と感情に身を任せるのは心地よく、そして楽ではあるが。しかしその結果が大差では、勝負も面白くなくなってしまう。
後ろからつついてくるものだから、てっきりそう言う類の戦いかと思っていたが――後ろについて冀羅の走りを眺めていれば、思いの外その誠実な走りに驚かされる。
そう、誠実。あの見るからに古いヤンキースタイルの見かけからは想像できない、力強く、そして美しい走りをしているのだ。
コーナーにさしかかるごとに、R32 GT-Rの目玉のようなテールランプが赤く点灯する。先ほどのミスで追い抜かれ、そして離されたが。まだ手を伸ばせば届く範囲だ。
「――嫌でも、クールに本気を出さざるを得ないではないか」
感覚を研ぎ澄ませ、互換の全てでタイヤのグリップ、荷重の変化を微細に感じ取ってゆく。
鬼とは、確かに自然の摂理に反した存在。しかし、その一方で、人を越えた超越者でもある。
「――――――――――――――――――――――――――――…………」
正直、静かに集中する、と言うのは苦手ではある。が、10分程度ならば、その状態を維持できないこともない。
ゲームで得たコース形状。先ほど自分でステアリングを握り修正した感覚。
その全てを、鬼神たる自身の身体能力へと収束させていく。
高速コーナーのアドヴァンボーゲンを抜け、その先のNGKめがけ疾走。減速を最小限にしながら抜け、GPと北の継ぎ目である低速へ。
もはや、コーナリングのスピード加減を間違える事はない。即ち――真の本気たる今の妾の実力を持って、あの若造を驚かしてくれる。




