《第640話》『約束された勝利』
狂鬼姫の右を抜け、次の中高速コーナーを目指す。失速したヤツの車を、軽く俺はブチ抜き、ブレーキをポンとかける。
一台分前に出ていた俺は、そのままクリッピングポイントへ。内側と言えどラインの苦しいあちらはこちらよりも深く減速せねばならない。この時点で、完全に前と後ろが入れ替わる。
この長大コース。もう少し後ろで観察し、後半で追い抜いてやろうと思ったが、やめた。この序盤で抜き去り、そのまま大差拡げて一周してやる。
その先のコーナーは、アウト・イン・アウト、アクセル全開で抜ける。
レッドゾーンまで一気に噴け上がる音。ブロックに鋳鉄を採用したエンジン、RB26DETTは同世代のスポーツ車両のそれと比べて重めだが、その一方で5、600馬力程度ならば日常メンテナンスで充分な程の強度を有している。
二基のタービンで行われる過給による、下から岩を持ち上げるようなパワーで、直線を疾走。立ち上がりから次のコーナーへのフル加速は、GT-Rの得意分野。
そこを抜けると、先ほどの直線よりも長いストレート。中速のクムホコーナー。
速度を殺し、荷重を殺し。ステアリングを切って旋回。ただの四輪駆動車であれば前輪の駆動が車体の回転運動のためのグリップを殺してしまうところだが、GT-Rは、不要な際はエンジンのパワー全てを後輪へと伝えるシステムとなっている。
当時は希少だった、旋回することに重きを置いた4WD。さらに操舵に対応して前輪のみならず、後輪も同時に操作されることで、そのコーナリング性能を更に底上げする。
エンジンブロックの素材や電子制御の数ゆえに、重さだけがネックではあるが。これが、GT-Rがかつて「同車種」でなければ勝てないと言わしめさせた強さ。
サーキット最強の絶対王者。そして、己もまた、その血脈に連なる勝者になるべくして生まれた存在である。
クムホの次、ビットコーナーを抜けて、さらに直線加速。その先には高速コーナーがあるが、ここはハイスピードにそのままアクセルをかけたまま抜けることが出来る。
突き当たった先は、中低速のS字。フルブレーキングから、そのまま二つのコーナーの内側を線でつなぐように抜ける。
次のコーナーが、GPコースと北コースを繋ぐ低速コーナー。ここまで幾らかコーナーを抜けてきたが、はてさてあの鬼神サマは。どれほど突き放せただろう?
そう思い、俺は後ろに意識を向ける。
……――思ったより、離れていない?




