《第638話》『経験的アドバンテージ』
最初のS字コーナーを抜けた俺は、目の前の白を追って加速する。加速能力も、ほとんど互角。俺達は連なって、続く右曲がりの高速コーナーを悠然と突き進む。
程なくして、左の中速コーナー。鬼ババァが、続いて俺が減速。
このコーナーのすぐ後、右の低速コーナーが来る。しかしながら、最初のS字と角度以外で異なるのは、ある程度の距離が空いている点だ。
鬼ババァより深く俺は減速する。目の前の白は少し遠のきアウト・イン・アウト。道幅を目いっぱいつかって、ここを攻略するようだ。
だが俺は、アウト側から入りこんでインを目指した後、そのまま外側へと膨らまぬようライン取りを行う。
コーナリングスピードは、確かに落ちてしまう事だろう。だが、このライン取りで、中速コーナーの立ち上がりに抵抗を生じなくさせることが出来るのだ。
旋回と言うのは、言い換えれば前へと進む力を妨げることである。実際、鬼ババァは次のコーナーに仕掛ける際、間の短い直線を、右から左へと大きく移動し、しかし例えアクセルを全開にしてもそのパワーをフルには生かせていない。
旋回だけを見れば最適解ではあるものの、その後はどうしても鈍くならざるを得ないのだ。
一方こちらは、そんな無駄を行うことなく、エンジンのパワーをまっすぐ前へと向けてやれる。そして、このライン取りをしたのはそれが理由なだけではない。
旋回は、タイヤのグリップを使う事でもある。すなわち、摩擦係数がそれだけ増大する。
当然それは、ブレーキを行う際にも関係してくる。タイヤは滑ってしまえば、その性能を充分に発揮できない。あちらは旋回と次のコーナーに対するブレーキでグリップを使うことになるが、こちらはブレーキングのみにそれを集中させることが出来るのだ。
先ほどの僅かに広がった差を、それで一気に俺は詰める。接触しそうなほど、白のテールが俺の鼻先に隣接する。
低速コーナーを抜け、互いに加速。しかし、事前の差によりわずかながらこちらの脱出速度が上回っている。鬼神と言えど、所詮素人は素人。俺の敵じゃない。
コーナーを効率よく脱出した俺は互いの車に傷がつかない程度に、鬼ババァの車のバンパーをつっつく。
どうした狂鬼姫! てめぇはそんなモンかよォ!




