《第637話》『最新技術の結晶』
シグナルが青になると同時に、ブレーキから一気にアクセルを踏み込む。同時に、背中を蹴飛ばすような加速感が、自身の身体を支配する。
回転計がレッドゾーンにさしかかるか、と言ったところで、ハンドル付け根位置のパドルシフトを操作し、ギアを二速へ。空気を斬り裂くような加速で、サーキットを突き抜け行く自身の車両。
デュアルクラッチトランスミッションと言う特殊な機構により、古いMT車のようなクラッチペダルの操作は必要ない。
半クラッチもシステムが自動で行い、変速が必要になった時に指でシフトを軽く手前に引くだけ。これでギアチェンジは簡単に。0.2秒でのシフトアップ・ダウンを、最新のギア形状で実現している。
最大出力600馬力、最大トルク66.5kgfmと言うハイパワーは、まさに速さのためにある。車体重量こそ1720kgと、かなり重めではあるが、それを忘れさせてくれるほどの力を感じさせてくれる。
「ククッ、レーシングカーと言えど、所詮旧車! 加速はこちらが上だ!」
右のサイドミラーに映る、じわじわ離れ行く冀羅をちらりと見やり、思わず独り言。
この威圧的なエンジンの音は伊達ではない。速さを追求した、この最新スーパースポーツカーは、レースの技術が可能な限り詰め込まれている。
コーナーに差し掛かり、ブレーキをしっかりと踏みつける。同時にパドルシフトを操作。エンジンブレーキをかけつつ適正なギアへとシフトダウン。
アンチロックブレーキシステムが、タイヤがロックしてしまわないようブレーキ量を調整するため、気兼ねなく踏み込んで行ける。前へと移る荷重をその身に体感し、ポイントに到達した時点で制動を終える。
一瞬アクセルを煽って、もう一度軽くブレーキ。それを抜き、ハンドルを切る。
強力なブレーキ。メーカーが拘った前後重量配分やタイヤ。その全てが、重たい車体をコーナリングへと持って行く。
すさまじい横G。曲げ終わり、ハンドルを正面に直して再びブレーキ。抜いてから切り返してS字のヨコハマカーブ――①と⑤を繋いだ地点を攻略してゆく。
その低速コーナーを抜ければ、再び加速が始まる。エンジンのパワーを余すことなく路面に伝える四駆機構が、再びロケットのようにドカンと車を走らせる。
パワーも、そしてコーナリング性能も、旧いレーシングカーに引けを取らない。これぞまさに、王者。絶対的な力が、ここにある。
「――とはいえ、向こうもやるか」
バックミラーをちらりと見ると、寸分離れずすぐそこに冀羅がいる。やはり、この程度でへたる奴でも無いようで、あちらもまた、王者のプレッシャーを放っている。
だが、まだ始まったばかり。どこまで妾と牙跳羅についてこられるか、存分に見物してやろう。




