《第633話》『ラスト・チャンス』
「グループA、今回ので最後なんだよな。何とか、参加が間に合ってよかったぜ」
全日本ツーリングカー選手権。グループAと呼ばれる改造規定の市販車ベースの車が競い合う、1985年より毎年行われているレースである。
しかし、1993年で、その幕を閉じることが決定した。理由は公表されてはいないが、とある性能の高い車が登場して以来、その車をベースとした車両を使うチームが、表彰台を独占するようになってしまったため、と言われている。
もはやその車両に対抗するには、同じ車種でなければ不可能とまで言われ、どのチームもその車をベースとした改造車で出場。結果、ワンメイクレースも同然と化してしまったのである。
各車メーカーの広報的な意味合いも強いレースに置いて、一強とはすなわち、一社のみの宣伝だけに終始してしまう。観客の数は衰えることを知らなかったものの、多数の会社にとって望ましくない事態となったわけだ。
ちなみに、黒永シューティングスターも、そんな圧倒的性能を持つ車を、今回の出場車両としている。
「しっかし、突然参加する車両を変える、って言われた時はびっくりしたぜ」
「当然ですよぉ。もはや、GT-Rでないと勝ち目はないんですから。我々はそもそもが空中分解寸前のチームですのでぇ、なおさら選択肢はありません」
「俺は参加できるだけでよかったんだけどー」
「何を言ってるんですかぁ、ビリじゃあいくらなんでもカッコがつかないでしょぉ」
「そうそうビリになるかよ! んなモン、腕でいくらでもどうにかならァ! 俺もお前も、互い以外勝てるヤツはいなかっただろうが」
「世界は広いんですよぉ? それどころか、この日本国内でも。確かに私達は、非公式、アウトローな峠レースで常勝無敗でしたしぃ、その実績でスポンサーも集めたわけですがぁ」
「う――確かに、広い区域に拡げりゃ、タメ張れる奴は出てくるかもしれねぇけどよぉ。メジャーな車使うのは、やっぱ性に合わねぇっつぅか、」
「それに、やるからには優勝を目指さなくてはぁ」
「お前のその無駄に頂点狙う思考なんとかなんねーの!?」
二人は、長い間互いにしのぎを削りあってきたが、性格は随分異なっていた。方やロマン重視。方や結果重視といった、いわゆるデコボココンビなのである。
「そもそも、私は自分達でチームを立ち上げる、と言う事自体反対だったのでぇ」
「じゃあ、俺が誘いかけなきゃどうするつもりだったんだよ!?」
「どこかの有名チームに、自分を売り込んでましたかねぇ」
「う、浮気ものぉ~!」
「最終的にあなたの誘いに乗ってあげたんですからぁ、そのように言われる謂れはないですねぇ。ふふふ」
しかし、二人の仲は良好だった。時折考え方の違いで衝突することもあった。
だがそれでも、二人の道が分かたることはなかった。
互いが互いに、腕を信用しているからだ。




