《第632話》『付喪神』
「しかし、前々から思っていたが、やはり冀羅という存在は幾分不可解な存在だな」
呉葉は、顎に手を当てながらそう言った。冀羅がコースに飛び出してから、数分と経っていないころだ。
「どういう事――?」
「夜貴、物が化けた変化体のことを、何というか知っているか?」
「えっと、付喪神――だよね?」
「ああ。100年もの月日を物として過ごした時、そこに魂が宿る。それに至る理由は、そこに『存在がある』と言う事実。はっきりとした形を持って時間の流れを受ける事で、命として誕生する。ある種、この世の摂理と言う以外の、説明の付きようのない事実だ」
「妖怪、とは少し違うんだった――よね?」
「どちらかと言うと、精霊のようなものにあれらは近い。例えば、山の神様、泉の精、土地神などがいたりするだろう? あれもある種、付喪神のようなものと考えることが出来る」
太古の大昔より存在する、大自然の一部。本来命を持たない、ある意味物と言っても間違いないそれら。
確かに、付喪神とそれらの精霊たちはよく似た気配を持っている。
「だから、皆一様に自然の気配を持っている。理由は簡単だ。それが自然の摂理であり、自然の流れに身を任せているからだ。そして、魂には力が集まる。集まった力は、時として現象を引き起こし、場合によっては分身めいた実体を作り他の命ある者と関わりを持つこともある」
「でも、冀羅は――」
「そうだ。妖気がそこに入り混じっている」
遠くで、車のエンジン音が鳴り響いている。存在を、主張するかのように。
「妖気とは、自然におけるイレギュラーから生まれるモノ。自然の気とは真逆なベクトルを持つ力だ」
「自然に逆らった力――」
「妖怪とはすなわち、そう言った力の塊だ。妾自身の鬼となった経緯が例として分かりやすいが、あれは本来の自然の流れではあり得ない急速な変化で、そして本来魂が持つべきではない程の憎しみからこの力がある」
「今の呉葉は、言うほど禍々しくは無いと思うけど――」
「まあ、起源は何だっていいのだろう。力は力を引き寄せる。纏まった妖気に、新たな妖気が蓄積されただけなのだろう。妾も本来、威張って言える程知識があるわけではないから、そのようにしか言うことはできないのだが」
「――でも、言いたい意味はよくわかるよ。自然に逆らうほどの何かが無ければ妖怪にならない。つまり、少なくとも外的要因が無ければ、物は妖怪化しないってことなんだよね?」
呉葉は頷く。そして、こう続ける。
「それに、冀羅――ヤツの本来の姿であるあの車が生まれたのは、今よりおよそ25年以上前。魂を持つにしても、四分の一程度しか時を満たしていない」
付喪神が生まれるには、最低でも100年近くの年月がかかる。
不可解と言う意味が、分かる気がした。




