《第631話》『黒永シューティングスター』
「ようやく――ようやく、ここまで来たぜ!」
とある片田舎の工房で、一台の車を前に歓喜の声をあげる男がいた。
「フフ、最初は途方もない話だと思ったけど、案外やればいけるものなんですねぇ」
それを、優し気な瞳で見つめる女性。両者とも、作業ツナギに身を包み、衣服と言い肌と言い、オイル塗れだ。
だが、そんなことなどお構いなしと言った様子で、車や、互いを希望に満ちた眼差しで見やる二人。時間帯は真夜中で、周囲の家々は寝静まっているが――そんなこと今の二人には関係なく、自分たちの成果を喜んでいる。
「世の中気合いと根性よ! その2つさえありゃあ、大抵のことはどうにかなるってもんだぜ!」
「君の精神論への謎の信仰はぁ、理解できませんけど。でも、実際それでここまでこれちゃったんだから、多少は信頼してあげないといけませんよねぇ」
「まるで俺がバカみたいな物言いじゃねぇか!?」
「実際、おばかなのではないですかぁ?」
「うるせーやい! 馬鹿言う方が馬鹿なんやい!」
黒永シューティングスター。発足仕立てほやほや、ド田舎出身のレーシングチームである。
本来レーシングチームとは、総勢30名ほどで編成されるものであるが、人員の収集が立ち行かずに10名程。ドライバーやメカニックが、様々な仕事を兼用する、ある意味始まって早速ボロボロな状態のチームであった。
そんな状態でありながら、チーム代表兼チーム監督兼ドライバー兼チーフエンジニア兼データエンジニア兼メカニック兼トラックドライバー時々進行マネージャーの男女二人が、奇跡的に資金援助を行ってくれるスポンサーをかき集めることに成功し、自宅のガレージにて、今まさに車をようやく完成させ現在に至る。
「よし、こいつを『冀羅』と名付けるぜ!」
「まぁた始まりましたよぉ。あなたのみょうちきりんなネーミングが」
「何がみょうちきりんだ! 希望が渦を巻き、輝く様をイメージして考えたんだぞ!」
「いやぁ、他のチームメンバーに聞いてみたら、おそらく全員がビミョーな顔をすると思いますよぉ」
「――よし、電話かけて聞いてみる!」
「やぁめなさい。今何時だと思ってるんですかぁ?」
一台の、漆黒の車を前に。楽し気な二人の話声が響く。
黒永シューティングスターの未来は、希望の光に包まれていた。




