《第629話》『最速の探究の果て』
「使うのは北、GPを混合した双方。同時にスタートし、それを先に二週しきったほうの勝利だ。レースは一時間後に始めよう。その時間、コースを覚えるなり、セッティングを整えるなり、自由に使え」
呉葉がそう言うと、黒い車は首肯代わりに警笛を鳴らし、見渡しの良いコースへと飛び出して行った。
赤い4つの丸型テールランプが、まるで目のよう。ピットを出ていく際、暗い金色のホイールが宇宙の彼方の星のように光を反射した。
「しかし、鼓膜が破れそうな程うるさいな。排気管もドアの下か。あれは、塗装こそ市販車ほぼそのままだが、中身は本格的なレース仕様だぞ」
「呉葉の車と、後ろのライトが少し似てるね」
「まあ、こいつからしてみれば、あれは先祖みたいなものだからな」
呉葉の白い車。冀羅よりは少し大柄なイメージのそれは、外観こそ大分異なるが、赤い丸型四灯は同じくして目のようだ。
「妾の牙跳羅――もとい、R35 GT-Rは、冀羅、R32 GT-Rよりも約20年後に生産された後継車種だからな。車体のベースのことだけを考えれば、負けることはまずありえないが……」
「とりあえず、そのニックネームは何とかならないの――?」
「妾のネーミングセンスを馬鹿にするのか!? カッコいいだろう!?」
「――きっと、謳葉と活葉は僕が名前を付けたんだね、多分……」
「ともかくだ。牙跳羅はヤツよりもずっと新しい上に、メーカーがこのニュルブルクリンクを拠点にして開発した特別仕様車だ。車に疎い者が聞いても、その有利さは言うまでもなく分かろうと言うモノだ」
しかし、優位と言う呉葉は、顎に手を当て真剣な顔。それは、確実な勝利を確信していない顔である。
「しかし、どこまで行っても車検が通る範囲での洗練のされ方をされた車であることには変わりないからな。その点、向こうはレーシングカーの規定に沿って改造を受けた車だ。おそらくはグループA。車の特性がダイレクトに出る規定ではあるが、R32はそもそも最初からその規定での勝利を目指して作られた――」
「え、えっと――要するに?」
「ぶっちゃけ、どうなるか分からん!」
僕は車についてさっぱりだが、呉葉がそう言うのであれば、多分そうなのだろう。――と言うか、
「――呉葉、結構楽しんでるでしょう?」
「無論だ!」




