《第619話》『ぬくもりに包まれて』
「……――っ!?」
妾は深夜、心臓が跳ねるような感覚と共に目を覚ました。
全身に冷や汗をかき、未だに強く拍動が続いている。頭はきゅっと痛いし、若干の眩暈のようなものまで感じる。
――原因は分かっている。それは、今さっきまで見ていた悪夢のせいだ。
突然の惨劇。失った友。傷つけた者達。それを望んだ邪悪な笑み。
妾が、鬼として覚醒した、平安時代の話。今となっては、遠い遠い大昔。
けれども、それが未だに、時々悪夢として夜中に魔の手を伸ばしてくる。対処方法などない。ただ妾は、じっと夢の中を漂い、それが過ぎるのを待つだけ。
「くそ――っ、」
それもこれも、あの偽物のせいだ。
いや、因果関係などないも同然。もはや完全に独立した自我を持つ幻影も、恐らくそんな事は考えずにイタズラしに来ているのだろう。
けれども、それを誰かのせいにしなくては、すとんと納得できぬ程、この悪夢は妾の心に傷をつける。
深々と、ナイフを突き立てたかのように。
「すぅ――……すぅ――……」
隣では、夜貴が眠っている。
同じベッドで、枕を並べているのに、一度も手を出してきたことの無い、我が夫。
けれども、妾はそれも愛おしいし、無論、夜貴が妾を愛してくれていることも、理解している。心は、ずっと繋がっている。
「…………」
掛け布団の中をゆるりと移動し、仰向けに眠る夜貴の腕に縋りつく。
今は、人のぬくもりが欲しかった。確かに居る、互いの愛を知る者の存在を、確かめたかった。
「――くれ、は……?」
「む、すまん。起こしてしまったか――?」
「――どうした、の?」
「いや、何、な。深くは聞かず、今はこうさせてくれ」
けれども。互いに愛していても。重荷を背負わせたいとは思わなくて。ただの我儘のように、言ってしまう。
けれども、それでいい。夜貴の前では、妾は、ただ好き放題やるだけの、ちょっとアホな嫁で。それで、居たいのだ。
「…………」
「夜貴――?」
だが思いがけず。夜貴は身じろぎしてこちらへ向き、妾を背中からその腕で包み込んでくれた。
「分かった。こうしておく、ね」
「……――、…………。………………――――――ありがとう、」
もしかしたら。夜貴には、妾のことなど全てお見通しなのかもしれない。




