《第611話》『馬鹿が風邪をひかないのではない。馬鹿はひいても気がつかないのだ』
「あれ、呉葉どうしたのそのマスク」
朝起きてきてみると、呉葉がマスクをしていた。口元を覆う、ドラッグストアなどでよく売っていそうなアレだ。
「もしかして、またゴキブ――」
「やめろぉ、その名は出すなぁ」
「じゃあ、どうしたの――?」
「いや、何――ちょっと風邪を、な」
「えっ、呉葉が風邪!?」
「妾馬鹿じゃないもんっ」
「そんなこと一言も言って無いよ!?」
勿論、馬鹿は風邪ひかないとかそう言うノリで言ったわけでもなく、馬鹿であるとも思って――まあ、酷い言い方をすれば、ちょっぴりそうは思って無くもないけど。
それ以上に、呉葉は強大な力を持つ鬼神であり、その力は間近で何度も見せつけられているので。当然ながら、そんな風邪などと言ったモノとは無縁であると思っていたのだ。
「まあアレだ、どれほどの力を手にしようとも、なる時はなる、と言うことだな。実に久しぶりだ」
「どれくらいぶり?」
「多分120年くらい」
「そ、そう――」
確かに少し顔は赤いし、額に手を当ててみれば少し熱い。汗ばんでもいるし、喉もガラガラだ。
「ううん、今日は休もうかな――」
「いや、そこまで気を使わずともよい。どうせ、明日には治る」
「でも――」
「その心配は、気持ちだけ受け取っておくぞ。ただ、万が一移らんとも限らぬ。なんと言っても、妾の引く風邪だぞ。多分、人間である夜貴が引いたらやばいぞ」
確かにその通りで。しかも、本人は一人で大丈夫だと言い張る。
実際、彼女の場合本気で一日で治してしまいそうですらある。一人で無茶をする傾向があるとはいえ、夜には帰ってくる僕に、そんな嘘はつかないだろう。
「――うん、分かった。早めに帰ってくるね」
「その頃には、大分治っているだろう。ただ、そう言うわけだから食事は作ってやれそうにない。どこかで食べてきてくれ」
いつも通り朝食を食べ、身支度をして、僕は平和維持継続室の事務所に向かう。
今日は早めに帰ってきて、呉葉におかゆを作ってあげよう。




