《第608話》『おいしい素麺の作り方』
「あ、素麺だ」
食卓に並ぶモノの中に、透明な器に入れられた、いかにも涼しげな細麺が置かれていた。
汁に浸かったそれには、刻んだ葱、すった胡麻がまぶされ、少々のおろし生姜とさくらんぼ、缶詰めのみかんが乗せられている。
「そろそろ、季節的によかろうと思ってな。ちなみに、三年ものだ」
「??? どゆ意味?」
「なんだ知らんのか? 素麺は、少々古いモノの方がウマイのだぞ」
「おばあちゃんの知恵袋的な?」
「年寄り扱いするでない!?」
「え、幼女扱いよりはそっちの方がいいって聞いたんだけど――」
「どこで聞いてきたのだ――相手によるし、限度もある」
「な、何だか複雑だね――」
「そうなのだぞ。乙女心は複雑なのだ。――で、話を戻すが、一先ず座るとしよう」
「うん」
椅子に座り、二人同時にいただきますをして、素麺をはじめとした夕食を頂く。
「まあ単純に言うとだな、時を置くことで程よく水気が抜け、歯応えやのど越しがよくなるのだ。高い素麺も、温度や湿度を管理されて時間を置かれているから、高いし、そしてウマイのだな」
「てっきり、高い理由は材料だと思ってたよ」
「多少それはあろうが、決め手はやはり麺の質なのだろう。素材の味だけが、美味しさのポイントではない、と言うことだな」
「なるほど、ね――」
つるつると、件の素麵をすする。確かに、コシがあっておいしい。
――けど、
「ねぇ呉葉、ちょっと聞きたいんだけど」
「どした? カビが生えぬよう、湿気には細心の注意が払われているはずなのだがな」
「さ、流石にそんなことは思っちゃいないけど――。僕、素麺が置かれてるところ、見たことないよ? 戸棚とか、もろもろ、みんな調理器具くらいしか入ってないよね。納戸にも、そんなの置いてなかったと思うし――」
「そうだな。ふふん、どこに置いていたと思う? ヒントは、湿気の少ない場所、だ」
「ううん――?」
そうは言われましても。敢えてそんな風に言ってくると言うことは、よほどそれが印象深く、僕の知っている場所であることには違いない。
――しかし、すぐに思いつく、と言うことはできなかった。湿気の心配がなく、それでいて、置く場所に困らない場所……。
「ふふん、分からなかったようだな。だが、実に簡単なことなのだ」
「???」
「空間の裂け目」




