《第595話》『誇り、責任』
「何を、意味の分からないことを――」
「じゃあ聞くけど、君は何者なの?」
「それは先ほど申し上げたでしょう? 私は、かつてこの星にあった国家の末裔で――、」
「さっき聞いたばかりだから、言われるまでもなく知ってるよ。でも、それはとても重要で、だけど一つの重要なことを見落としてる」
「あなたは、何を――?」
きっと、このヒトはいろいろなことを知っているのだろう。けれど、その一方で大きく欠けているモノもある。
「あなたは、多くの――本当に多くのヒト達の歴史の上に、存在してるんでしょ?」
「――!」
それは、他者と言う存在。そしてそれを知ることで得られるモノ、その全て。
「多くのヒトが今までいて、そして最後にあなたが生まれた。そんな人々の多くの世界があってあなたがいるのに、どうしてそんな風に軽く言ってのけるの?」
「…………」
「そして僕も、僕自身の命に責任がある。あなたのそれとはまるで全然違うけど、大切な――僕の大切なヒトが、全身全霊をかけて生かそうとしてくれている。僕に、それだけの価値を思ってくれている」
命の責任は人それぞれで。そこから生まれる重さもそれぞれで。けど、そこに優劣はない。
「だから、僕もここまで来た。――本当のこと言うと、一度折れてしまいそうになったけど、愛するヒトのおかげで持ちこたえることができたんだ。それが、僕にとっての命の誇りだ」
「…………」
「…………」
「――あなたは、どっちの味方なのですか?」
「え――? あ……、」
「敵である筈の私を奮い立たせるような言葉を述べていることが、分かっていない筈がないでしょう?」
「そ、その、えっと――も、勿論、僕は僕たちの味方、だ、よ……?」
「フフッ――人間と言うのは、集団の思考傾向は皆同じモノだと思っていました。考え方は全く異なれど、現に、ラ・ムーは思考を統一し、発展してきたのですから」
バシャールは微笑んだ。それはもう、非常に、人間的に。
「――そうですね。ここへきて、支配するつもりの住人に教えられるなど。頂点に立ち、皆を管理する資格はありません。完全に……私の負け、です」
そうして、微笑みながら――まるで、空気に溶けていくように、消えていった。




