《第594話》『穢れしらずの精神』
「――私を殺しなさい」
「!」
バシャールは息を荒く吐きながら、僕らを睨み付けた。
「どちらにせよ、このような問答はもはや無意味です。この部屋に侵入された上、システムの故障により防衛装置を起動することはできません。もはや、私は詰みなのです」
感情が見え隠れしているためだろうか。このヒトも、人間なんだなと改めて認識した。だからこそ、その言葉が痛々しい。
「そもそも、何故私を見つけた時に排除を考えなかったのでしょう? 私には理解できません。合理性を欠いていると言えるでしょう。それとも、私が死ねばシステムを止められないとお考えですか? しかし、ならば即刻拘束するのが道理」
見かけの上では、老人だった。その年齢も、その姿と違うことはないだろう。
しかし、自棄になって叫ぶ姿は子供のようでもあった。
孤独。生まれてより、誰ともかかわることの無かったが故の、精神的進みの無さ。
何も経験したことのない、純真無垢な、過ぎる心。
「コーハイ――?」
気がつけば、足を踏み出していた。
「さあ、終わらせるのです。あなた方の手で、自身の手で。その権利が、あなた方にはある。あなた方は、私に勝利したのだか――」
そして、手も出ていた。
「……――っ!?」
「そんな諦め方、僕は許さない」
平手打ちの、弾ける音。自分でも、どうして老人を殴ると言う、絵面からすれば暴挙極まりないことをしたのか、理解できない。けど――、
「あれだけたくさんのヒトを追いやって、不安にさせて、怪我をさせたり、命を奪ったり。とてつもないことをそれだけしているのに、当の本人があっさり諦める。それは明らかに冒涜で、ただの逃げも同然だよ」
「っ、っ、私に罪を償えとでも言うのですか? それはあまりにも非合理極まりありません。この星の歴史においても、正しくそれを行った者は数少ないでしょ――、」
「――なんでわからないのかな?」
もしかしたら。呉葉も同じように言ったかもしれない。ついでに言えば、彼女のことだから、今の僕と同じように手が出ていたかもしれない。
「僕は、自分の命に責任を持てって、言ってるんだよ――ッ!」




