《第588話》『支配者』
「よもや、私の部屋にまでたどり着いてしまうとは――」
「あなたは――」
「私の名はバシャール。足が悪いので、座ったままで失礼させてもらいますよ」
抉れたためにやけに開放的になったその部屋で、目の前の人物は眉をしかめる。
椅子に座る人物は、声の通り若くも、そして女性でもない。こちらを見つめる眼下は落ちくぼみ、真っ白な頭髪の薄い頭にはいくつものシミ。溝の深いしわが顔じゅうに刻まれたその男性。
バシャールは、見るからに衰えた老人だった。
「一体何をしたのですか? この浮遊大陸は、あなた方の技術力では、穴をあけることすらも難しい筈です」
「聞きたいのはこっちだ。あんたの仕業では――ないようだが」
「自らの身を危機にさらす筈がありません。直前、巨大な空間の裂け目が生まれる反応を感知しましたが」
「空間の裂け目――?」
パッと思いつくことは、呉葉の空間転移だ。だが、それとこの巨大な穴を関連付けることは、僕にはできなかった。
それよりも、僕は呉葉の安否のことが気になる。
「その場に呉葉は――誰かは、いなかったの?」
「あのエリアで戦っていた人物がいるのは理解しています。ですが、陸地を再現したエリアに、監視を行う機械は置かれていません」
端的に言って、わからない。この老人は、そう言っていた。呉葉やディア先輩だけじゃない。彼自身の味方である、冀羅だっていた筈なのに。
「あなたは――何も思わないの? あなたの仲間だって、」
「分からない以上、思いようもありません。現在、エア・スカウト――ロボットが調査を行っていますが、今は情報が不足しているため、待つ必要があるでしょう」
「僕はそう言うことを言いたいんじゃ――っ」
「落ち着け」
僕は文句の一つでも言ってやろうと思ったが、狼山先輩がそれを止めた。
「なぜ止めるんですか――!」
「俺達がここへ来た目的を忘れちゃ駄目だ。気持ちは分かるが――今は、信じて待つ時だぜ」
「――っ、…………」
狼山先輩の言う通りだった。僕らは、決着を付けに来たのだから。
この、謎の老人と。




