《第五十七話》『妾が、ことを焦らぬ理由』
「なんじゃと――? お前は己が大事にしている男が、いいように使い潰されてもいいと言うのか?」
ジジイは、「いかに人間のような言葉を並べようとも、所詮は鬼か」と、妾のことを侮辱しおった。だが、その程度のことで妾は怒りを感じない。妾は、誰であれ夜貴を想う者を敵視するつもりはない。ただ勘違いしているだけというのならばなおさらだ。
「問うが、仮にこの場で夜貴が己の不当な扱いに気が付いたとしよう。その後、こいつはどうすると思う? こいつは本来の性格からして、誰かの役に立つことに喜びを覚え悶えるような変態だぞ? どんな結果になるか、目に見えているだろう?」
「そ、そんな奇特な呼ばれ方をする謂れはないよ!?」
夜貴は否定するが、実際のところ間違っていないと思う。組織の教育、命令のために己の命を使えという方針が根本にある故だとは思うが、とにもかくにも、ヒトのことばかりを気にする。
きっと、それは他の構成員であっても同じこと。だから、これはその他大勢のための口出しでもある。
「もし、お前の言う通りの方法で、即座に理解したとしよう。なれば、どうする? 他者に対して身を粉にして働くという自虐的思考停止が変わらない以上、自分と同じ境遇の者を救おうと計画を企てる可能性がある。今の貴様と同じようにな」
「そ、それの何が悪いんじゃ! 動けば動くほど、同胞を増やし、解放できる! 多くの人間を救えるんじゃぞ――!」
「――分からんやつだな。必要無き危険に夫を立たせたい妻がどこにいる?」
「――何?」
「そもそも、だ。妾は別に、誰かのために命を張るということが悪いと言っているわけではないのだ。妾はそれによって夜貴に心を救われたし、その志は美しい」
「何が言いたいのか、まるで分らんぞ――っ!」
「まだわからんかッ! それぞれに各々の意志がなくば、それはただお前が構成員を煽動し操っていることになる言っているのだッ! それではまるで、『平和維持継続室』のふざけた上層部と何ら変わりないではないかッッ!!」
「――っ!?」
歳をとれば、固定観念がある故に、周りが見えなくなることもあるだろう。妾でさえ、そうだった。
そんな妾が、夜貴との出会いを通じて知った外の世界。景色。新たに手にした視点。それは何物にも代えがたいモノであると同時に、誰かのための一助になるべきものである。
それを、今は無駄な死を招かぬために使う。それが、夜貴という一人の人間を愛した妾の今の役目であり、義務であり――いや、違うな。
やりたいと、思ったことである。のだ。




