《第559話》『平和を維持する組織が、平和を乱してまで立つ時』
「さて、妾は既に準備できているぞ」
目の前に置かれた物体を前に、その場にいる者達へと呼びかける。しかし、ディアや狼山と言った一部を除き、反応は芳しくなかった。
イヴと、さらに呼んだもう一人の協力もあり、ラ・ムー本拠地への転送装置が完成した。
イヴ曰く、指輪に描かれていた命令を吸いだし、そのきっかけとなるモノを作っただけだとのこと。
しかし、この場所は今まさに物資不足。ほとんど専用の機材無しに、指輪を解体するイヴと言う奇跡はあったが、ここまで来ると無視はできなかったらしい。
そこで、呼ばれたもう一人の出番。それが誰なのかと言うと――、
「ねぇ、ホントに行くつもり――?」
どこからともなく、あらゆる武器を取り出す力を持つ、静波多 藍妃だ。
「当然だとも。まさかお前も、このままでいいとは思っていないだろう?」
「そりゃあ、そう、だけどさ――」
あの、いつも強気な夜貴の幼馴染さえ、かなり意気消沈しているようだった。コイツでさえこうなのだから、大半の奴らが尻込みしてしまうのも仕方ない。
叱咤して、少しは前を向いたかと思ったが――やはり、敵が強大すぎる、か。
「藍妃。呉葉は、やる気だよ。そして、僕も」
「夜貴――?」
すると、今までじっと黙っていた夜貴が口を開いた。
「確かに、相手はとてつもなく大きく、底の分からない程の相手だよ。僕だって、最初はもう駄目だって――このまま逃げ続けることで、生き残ろうって」
「…………」
「だけど、ね。だけど――呉葉が、皆が、それでは死んでいるのと同じだって言って、抗っているんだ。可能なことを、出来ることを、ひたすら行って」
妾は少し驚いていた。先刻、あれほど弱気な言葉を吐いていた夜貴が、今や戦う意志を見せていたからだ。
夜貴と言う人間は、その深層心理まで一般市民の恒久平和のために働く意思が喰いこんでいる。そしてそれは、本人すらまるで意図できない。自らの言葉が、それを根源としていることすら、常に近くにいるモノにしか気が付けない程、鎖のように絡みついている。
だから、真っ先に膝を折ったのだ。ラ・ムーによる支配が、未来永劫たる民衆の平和であると認識してしまったから。抗うと言う事は、それを乱す行為であるから。
「これは、表の世界の人々のための戦いじゃないかもしれない。実際、ラ・ムーが世界を支配してから、世界中が落ち着いている」
「――じゃあ、何のために戦うって言うのよ? アンタは、多くの人々を不幸にするかもしれないと分かっていて、何のために戦うの?」
「言うまでもないよ。それは、大切なヒトのため」
「――っ!」
「呉葉や、事務所の皆や、裏の世界であるからこそ知り合えたヒト達――そして、藍妃も」
「――っ、私、も……?」
「僕は、僕の大切なヒト達のために。皆は、みんなそれぞれの大切なヒト達のために。その存在を守るために。今、決戦へと赴くんだ」




