《第五十四話》『羨望する鬼神』
「貴様、は――」
「ふふん!」
一瞬でも圧倒した鬼神を前に、腕を組み笑って見せる。実のところ、このボロボロさの通り立っているのもやっとだが、それでもなぜか、負ける気がしなかった。
「貴様は――本当に、鬼、なのか……? 妾、なのか――?」
「その通りだとも。妾は、お前の未来であり現在だ」
地べたに尻餅をつく鬼の顔は、目を見開き驚愕に満ちていた。当然だろう。あの時に同じことを聞かされ押されれば、きっと妾も――おっと、目の前のこいつは妾だったか。
「…………」
「…………」
「ふっ――」
「――うん?」
「ふふ――ふっふっふっふっふっふ……はっはっはっはっはっはっは! あははははは!」
「どうした? 笑い茸でも食ったか?」
「ふふっ、すまんな。いやなに、おかしくてたまらぬのだ。だって、鬼がだぞ? 鬼が、呪怨の塊が、愛を語るのだぞ? ピエロは愛の果てに泣くが、逆は無い。如何なる道化よりも、滑稽極まりないぞ!」
狂鬼姫は、目に涙を浮かべ爆笑している。相当におかしかったのか、それとも別の何かか。
「涙は運命を呪った結果だけで出るのではない」
「確かにな。それだけでは面白味が無い上に――、」
妾と妾は、申し合せたわけでもないのに同時に口を開く。
「「疲れる!」」
もはや、過去から呼ばれた妾に敵意は無いようだった。土のついた尻をパンパンと払い、立ち上がって空を見上げる。
「消えるのか?」
「いや? 貴様の夫の意識が落ちるまでの間は、大地に立っていられる」
「しぶとい奴め」
「貴様がそれを言えた義理か?」
妾もまた、空を見上げた。
夜空は、星々や街明かりに照らされ、藍色に染まっていた。




