《第539話》『守るとは、物理的なだけに非ず』
「守る――? 僕はもう守られているし、君を守るつもりでも……、」
「いいや、妾の『守る』は、身の安全だけのことを言っているわけではない。そいつの心、そして幸せを守ることも含んでいるのだ」
先ほどまで疲れていた様子の呉葉だが、途端に活力を取り戻したように――いや、鬱屈し、重い倦怠感を力づくで跳ね飛ばしたかのように、その声には覇気があった。
「生きているだけで儲けもの? 馬鹿を言え、それは生きるか死ぬかの瀬戸際から生還した者の言葉だ。妾達はこの瞬間を、今を生きているのだ――! 生き延びた後の状況に立たされているのだ!」
僕よりも背の低い呉葉は、僕の顎に下から手を添えて顔をあげさせてくる。正面を見ろと、まっすぐ前を見ろと。
「俯くでなく、見上げるでなく。ただ平行に前を向くそんな日々の幸せを守る。ただの普遍的な幸福を、その中で生きているだけでは実感できないような、優しい当たり前を!」
「当たり前――」
「そう、当たり前だ! 守ると言う事は、そう言う事だ! ただ逃げおおせるだけ、逃がすだけなど守護の内に入らぬ! 妾は大切な者たちを、かつてよりそうやって守ってきた!」
呉葉の声は、ハッキリと僕の耳に響いてくる。もはやそこに、疲れだのなんだのは大して感じない。
「お前の所属している組織とて、発展だのなんだのを考えていたわけではないだろう! それはお前も同じハズだ! ただ、表の世界に生きる人々の平穏を願った! だから、時には戦い、時には話し合った! 違うとは言わせんぞ!」
「…………」
「――だから、妾は戦うぞ」
ふっと、優しく。そして不敵に。彼女は、微笑む。
「お前の守ろうとしていたモノを守りながらも、お前自身も守り抜き、何の影もなく全てを守り通す。妾の『守る』を、妾は為すぞ」
とてつもなく、無謀なことのように思えた。だけど、何故だか呉葉が言うと、不可能とは思えなくなる僕が居た。
――でも、だ、
「――だった、ら、この状況を……どうする、の?」
絶望的なことは変わらない。打ち破れないからこそ、僕は妥協しようとしたし、疲れてしまったのだから。
だが、彼女はなおも不敵に笑う。
「何、策ならそれなりに考えて居なくもない」




