《第537話》『疲労困憊。摩耗した神経』
「な、何を言って――!? 夜貴、何を弱気になっておるのだっ!」
呉葉は驚いた様子で僕の方を見た。ディア先輩も、狼山先輩も、そして遊ちゃんまでもが目を見開いている。
「おいアンタ何言ってるんだ!?」
「そ、そうよ! 馬鹿じゃないの!?」
同じくして避難してきた他の地区の平和維持継続室職員もまた、動揺した声をあげた。その声には、若干の震えとも思える様子がうかがえる。
でも。それはどこか僕と同じ気持ちなのではないか、というモノを感じなくもない。
「貴様らは黙っていろ。何か理由があるのだ」
「今のは明らかに裏切り発言だろ! 誰かそいつを――」
「妾は、黙っていろ。と、言ったはずだが?」
「う――ッ!?」
呉葉はあからさまに他所の職員を威圧した。そこまでしなくてもと思うが――あまり心や体力に余裕がないためなのかもしれない。
「――それで、お前は何を……? 流石の妾も、冗談を言い合えるほどの気分ではないのだがな――」
「僕だって、そんなつもりはないよ。けどさ、考えてみたら、さ。僕らはどうして、ラ・ムーと戦っているんだろう?」
「それは勿論、侵略に抗うためだ――! 暴力的な支配に対抗し、我らの尊厳を守るため――!」
「じゃあ、どうして侵略に抗わなければならなかったの?」
「それは、勿論――っ」
「勿論、皆を危険から守るため。だけど、どう? 少なくとも、表の世界の人々の生活と安全は、もはや約束されている」
「確かに奴らはそう言ったが! その確証はどこにもないではないか!」
「じゃあ聞くけど、僕らに襲い掛かって来た人たちは何なの?」
「っ、それは――」
「特殊な力で操られた様子も、洗脳を受けてる様子もない。偵察に行った人たちの話を聞く限り、今の状況は彼らの意思なんだよ!」
「――っ、……」
「本当は、皆も気が付いてるはずなんだ。だから、本来なら冗談みたいな話でも笑い飛ばせない。明らかに、動揺してる。――表の世界の人々がラ・ムーに絶対的信頼を置いてでもいなきゃ、こんな状況にはならないんだよ!」
勿論、僕には表の世界だけでなく、裏の世界にだって守りたい者達はいる。
ここに居る先輩たち。そして、必ずしも友好的ではないものの、それでも最低限の協調性を持ち合わせ、人間とはまた異なった良識を持つ妖怪たち。
――そして、他の誰でもない。僕の大切な奥さん、呉葉。
だけど――もう、疲れた。疲れてしまったんだ。




