《第533話》『飴と鞭』
『我らのに従い、庇護を受けている人々は既に安全が約束されている。だが、そればかりではない。飢えの無い、豊かな暮らしもまた、我々が保証しよう』
変わらず、その声に抑揚はない。しかし、それが逆に「偽りのないことを言っている」と思わせてくる。
『諸君らにとって、これほど良い話はないであろうと、我々は考えている。我々の管理下に入ることで、恒久平和が実現され、何の苦労も不自由もない生活を送ることができるのだ』
恒久平和――いつまでも変わることのない、争いなく人々が笑顔で居られる、そんな世界。
『しかし、各国に所属する民衆たちを、それぞれの国は囲っている。しかも、何も知らぬ人々の間には、恐るべき力を持った者たちのコミュニティが存在している。そう、我々が放った怪物たちを、不可思議な力で打ち倒した者達だ』
僕は、周囲から視線が集まるのを感じていた。密度の濃い向けられた意識。どんなヒトであろうとも、とてつもない息苦しさを感じるだろう。
『これを、見てほしい』
画面が変わる。そこには、人間ではあり得ない力でお店を襲い、品物を強奪する男が映っている。
「っ、冀羅――!?」
呉葉がそう口に出した通り、その男は冀羅だった。彼は次から次へと同じことを繰り返し、トラックに集めてそれを占有するかのような行動を行っていた。
『力を持つ者の中には、我々の攻撃に対して早くも諦め、己だけでも生き残ろうと躍起になる者もいる。大多数の諸君らでは決して敵わぬであろう存在の中で生きると言う事は、すなわち、有事の際に絶対的な不利に立たされると言うことでもある』
画面の中の冀羅は、まるで「自分勝手な人間」を演じているように、少しばかり動きがぎこちない。しかし、退避所中から息をのむ雰囲気を感じるあたり、誰もそれが演技であることに気が付かない。
『これは一例。力とは、暴力的なものだけに非ず。財力、権力、それらを持ちし者達は、決して力なき諸君らを顧みることは無い。それが、このような状況であればなおさらだ』
人々の心が、意思が。歪んでいくのが分かる。
『改めて諸君らに進言しよう。我々、「新生国家ラ・ムー」に従うのだ』




