《第五十二話》『真に強きモノ』
「――もういい加減、諦めたらどうだ?」
「くっ――誰が……ッ」
と、啖呵を切りつつも、妾は膝をつく。奴の力は、明らかにこちらを凌駕していた。
自分でも、己の力が衰えつつあるというのは分かっていた。なぜならば、「鬼」という種族は怨念によって発生し、その闇に比例して力が増すのだから。
自分は世の平定のために君臨している。そう言いながらも、その力の根源は根深い根源である。それでもなおおとなしくいられたのは、その記憶がなかったためだ。記憶なきまま暴れ、そうして、その虚しさに気が付き、己に使命を課した。
――そう、妾は覚えてもいないのに、無性に世界が呪わしかった。そして、魂に刻まれた暗黒を霧散させていったのは、他でもない……、
「《怨獄弾》」
「――っ」
放たれた鬼火の塊を、妾は真正面から受け止めようと試みる。その重く、暗い漆黒の炎は、怒りと怨恨の塊の一部である。そんな地獄の怨嗟が、もしおかしな場所へと飛んで行ってしまえば――妾と夜貴の守ろうとしているモノがどうなるか、分かったモノではない。
「貴様が腐っても妾であるというのなら分かるだろう?」
「…………」
「この世界は負の感情に満たされている。そして、それを真に魂で知る者がいなければ、容易く世の均衡を乱してしまうということを」
「…………」
「だから妾には。否、妾らには、闇以外のモノは要らぬのだ。審判を下す者は、万物に平等でなくてはならない。強すぎる、毒にもなりかねない光を律することができるのは闇に他ならぬのだから」
――そう、だな。判決を下す立場と言うのは、常に均等に目を向けていなければならない。
しかし、だ。よくよく考えてみれば、妾の思いこんでいたそれは、とてつもなく奇妙ではないだろうか。
「フ――ッ」
「む――? 己の使命を、理解しなおしたか?」
「いや、なに。昔の妾であるお前の顔が――――随分と、羨ましそうにこちらを見つめていると思ってな?」
「――? 何を言っている?」
「ひとつ、教えてやろう。過去の幻影よ」
「――っ!?」
嗚呼、なんと馬鹿馬鹿しい。嘆かわしい。そして何よりくだらない。今の妾から見れば、昔の妾の何とちっぽけなことか。
「思い上がりも甚だしいわッッ!!」
何が使命だ。何が審判だ。今となっては鼻で笑えるようなゴミのような想いと共に、妾は巨大な暗黒の炎をこの手で握りつぶした。
それに驚愕する《最強の妖怪》の顔と言ったら、何と滑稽なことか。




