《第519話》『オーバーヒート』
金髪を炎のように逆立てたその男は、持ち前の長身からこちらを見下ろしている。彼の周囲には強い邪気と妖気が渦を巻いて混ざり合っており、強烈な威圧感となって僕らを押さえつけようとしていた。
「冀羅――妙、に、元気がいい、な」
「そりゃァもう、こっちの思惑通りに事が運んでっからなァ。どうだ、少しは楽しめたんじゃねぇのか? 俺様が操ってた、ミサイルとの耐久レース!」
「どういうこと――?」
「簡単よォ! ちょっと軌道修正のためにガツガツ蹴飛ばしてただけさァ! ただそれだけなのに、ババァは無駄にでけぇ力使ってオーバーブロー! これを、ざまァ無しと言わずしてなんて言うんだ?」
「っ、なんてことを――! 君が誰だか知らないけど、呉葉は僕らやこの街の皆を守るために……ッ」
「ンだよ人間。ギャンギャン吹かしやがって、うるせぇな」
「……――ッ、」
獰猛な狼のごとき赤い瞳に一睨みされただけで、本能が「ここから脱兎のごとく逃げろ」と警鐘を鳴らす。
「どした? 足を空転させながら逃げねぇのかよ?」
「…………」
けれど、逃げるわけにはいかない。この口ぶり、どういう関係か知らないが、呉葉を完全に敵視している。すなわち、ここで僕が離れたりすれば、消耗してしまった呉葉に危険が及ぶ。
「まァいいか。だったら雑魚ごとぶっ飛ばすまでよ――!」
「……――っ!」
冀羅、と呼ばれるその男が一歩踏み出してくる。
仮にも平和維持継続室の一員であるのに、この強大な相手に対して何もできない自分が、あまりにも情けない。
けれど、盾になるくらいは。二歩目を踏み出し、さらに三歩目で飛び掛かってくるその男を目にした僕は、呉葉を庇うために覆いかぶさった。
「ッ、く――ッ!」
――しかし、痛打は来なかった。代わりに、耳には風を切るような音が遠ざかって入ってくる。
「お前、ここをどこだと思ってんだ?」
「…………」
続けざまに僕が感じ取ったのは、狼山先輩の声と、遊ちゃんの怒気を孕んだ気配だった。




