《第501話》『ある、何の変哲もないただ平日に』
『この日本と名のついた先進国に住まう皆様、ごきげんよう』
帰宅して呉葉と共にテレビを見ながら夕食を取っていた最中。突如その画面が切り替わり、一人の人物が映し出された。
その声はとても活舌がよく聞き取りやすく、しかし冷然とした男の声をしている。この種の声は、仕事柄偶に聞くことはあるが――、
「なんだ? 最近のドラマは、ゲリラ放送もやったりなどするのか?」
「さ、さあ、僕はテレビのことなんてよく知らないから――」
とりあえず、という形でつけられていたバラエティ番組が、胸から上を映し、しかし暗闇で顔の隠れた人物の映像に変わった。
唐突に映りこんだそれに、僕らの箸は中空でとどまっている。煮物の汁を、一滴、一滴と滴らせながら。
『我々「新生国家ラ・ムー」は、これより世界に対して宣戦布告する。これはフィクションではない。繰り返す。これはフィクションではない』
「これほど大仰だと、1938年の火星人襲撃騒ぎを思い出すな」
「何それ?」
「昔、アメリカのドラマのワンシーンで、そう言う旨のニュースが流れる、と言うものがあったのだ。勿論番組を最初から見ていた者はフィクションだと分かっていたが、途中でそのチャンネルを映してしまった家庭では本物だと思い込むハメになり、結果大騒ぎになった」
画面の男は、身じろぐことなくこちらを見ていた。暗がりで分からないが、確かにその視線は画面のこちらの不特定多数を見ている。
『これから我々が行うことは、世界へと軍事力を知らしめる行為である。攻撃を行う対象は東京。世界有数の大都市ではあるが、それでいて、そんな数ある巨大都市の一つに過ぎない地点だ。明確に我々の攻撃であると理解してもらうために、こうして発表させていただいている』
「ハハッ、本気で一部は信じ込んでしまいそうだな。テレビ局に苦情が殺到するのではないか?」
『攻撃は既に行われている。被害発生は今から10秒後。10……9……8……』
「しかし、こういう時真っ先に東京が狙われるのはお約束だな。フジ〇レビの玉ッコロは転がり、東京タワーが爆散する。定番だ」
「転がるのは別の番組じゃ――」
『3……2……1……』
「0」。その数字がその口から発せられるとともに、地面が振動した。
「ぬわっ、地震か!? すさまじいタイミングだな」
「これは――」
「ははっ、夜貴、信じるな信じるな。リアルに世界征服に乗り出す組織があってたまるものか。肯定と継続にどれだけ時間がかかると思っているのだ」
そう言われてみれば、確かに呉葉の言う通りなのであるが。けれども、妙なタイミングの良さと唐突さに、僕は湧き上がる不安を抑え切れずにいた。
そんな中、突如、僕の携帯電話が鳴り響く。
「も、もしもし?」
『コーハイ! アタシだ、今すぐ事務所に来てくれ!』




