《第四十六話》『戦う理由』
「ふぅむ――」
穹島先生は、顎に手を当て思案し始める。
これまで僕らがモノのみごとに『物理幻術』の対象になり続けてしまったのは、ひとえに彼の姿を隠すための幻術のバラエティ豊かさもある。いかに僕らの教師とは言え、一度使った手段を決めるのは難しいのだ。
だから、ほとんどそれ使い尽くした彼に、もはや先ほどの数の存在を生み出すことは出来ない。故に、奥の手のスタンガンを自分に使ったのだ。
「一時的に気を失う。一人では大きな隙も、二人なら小さくなるというわけじゃな。任務のために、己が身をも厭わない。組織の、ひいては儂の教え通りじゃな」
穹島先生は、一つ嘆息する。疲れた時に発するそれによく似ているが、そこに込められた意図。それは――、
「全く、嘆かわしいと思う他ないのう」
そう、「呆れ」だった。
「そもそも、お主らは何のために戦っておるんじゃ? 人か? 社会か? それとも特定の誰かか? 否、たとえどれを口にしたとしても、実際にお主らを突き動かすのは別の理由じゃろう」
「そんなワケのわからないことを言って、こっちの冷静さを奪おうとしても、無駄よ――!」
「かっかっか、ヒトの話を聞こうとしないところも相変わらずじゃな藍妃。じゃがな、この問いは他でもない、お主らのためでもある」
穹島先生は、まっすぐ僕らを見つめてくる。
何のために戦う? 人でもなく、社会でもなく。――僕は、特定の誰か。呉葉と答えたかもしれない。
けど。先生は、僕は心の底ではそのように考えてはいないと。そう言っているというのだ。
「お前たちを縛りつけているそれは、呪いの鎖のようなモノだ。犬を繋ぎ、動きと考えを縛る。それから逃れることは、一人では容易ではない」
先生が、一歩踏み出してくる。何か仕掛けてくると、僕らは身がまえた。
「《最強の妖怪》」
「――っ!」
彼のその言葉は、僕らの頭から新手を引きだす合図。頭の中に、ある妖怪の顔がよぎりつつも、常に警戒していた周囲に現れた気配へと、術を放った。
――が、そこには誰もいなかった。
「――っ!?」
「儂はのう、樹那佐。静波多」
ゆっくりと、真正面から歩いてきた先生が、僕の頭に触れた。さも、生徒を可愛がるかのように。
「そんなお主らを解放するために、動いておるのじゃ」
その言葉と同時に、僕の知る限り最強の妖怪が、頭から引きずりだされた。




