《第四十三話》『その頃の鬼神』
――さて、夜貴の奴はどこへ行ったのだろう?
山の中、手ごろな石に座りこんで妾は頬杖をつく。見失った以上、次の手を考えねばなるまい。
これが妖怪ならば、妖力の痕跡を追いかけることができるが、生憎相手は人間。そんな重苦しい気配を放ってはいない。かといって、犬ではないから匂いは追いかけられないし、ここのところ雨はないために足跡を探せる気もしない。
「――ひとまず、山を下りるべきか。なぁ、通りすがりのイタチよ」
妾はひょこっと顔を出した小動物に、何の気なしに声をかける。すると、まあ思った通りなのだが、ぱぱっと逃げてしまった。
ちなみに、身の内に秘める強大な妖気のせいなので、妾は動物によく嫌われる。かなり押し込めて、可能な限り悟られないように努力はしているのだが、人間以上に鋭い小動物の場合はあっという間に気が付かれたりする。
――そのおかげで、ペットも飼えない。くそう、にゃんこ飼いたいのに。
が、大型の勇猛なタイプはこの限りでは無かったり。
グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!
そんなに山奥というわけでもないのに、目の前に熊が飛び出してきた。どうやら腹を空かしているようであり、野生と牙を剥きだしにしている。
「おお、山をつたって迷っているうちにここまで来てしまったか?」
「グルルッ、ガウッ!」
「こんなところをうろついていては、大騒ぎになるぞ? 腹を空かせているのは分かるが、元いた山に帰るといい」
「ギルルッ、グルッ――」
そりゃあ、通じぬよな。まあ、妖力を使わずとも、威圧すれば適当に去ってゆくだろう。
――と、そうして予期せぬ出会いで相手を適当にあしらいながら、どうするか考えている、その時だった。
熊のいる更に奥に、女と歩く夜貴の姿を確認した。
自慢ではないが、妾はマサイ族も真っ青な遠視力と、ゲームオタクも素足で逃げ出す近視力を併せ持っている。そのため、視界が覆われでもしない限りは、大抵のモノを確認することができる。
「グルワァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
「ええい邪魔だ!」
「ギュワァアンッッ!!?」
襲い掛かってきた熊をついアッパーカットで宙に浮かし、妾は急いで夜貴の後を追った。
おのれあの女郎めッ! 妾の夜貴を誘惑するといかなる目に合うのか、一生消えぬトラウマと共に思い知らせてくれるッ!




