《第435話》『もはやできない』
「しかし、どうしたモノじゃろうかな」
「何がだ?」
「あの柔軟かつ変幻自在なあの肉体に、傷を負わせられるとは思えんのじゃが」
「だったら魂、思念そのモノに攻撃すればよい。悪霊の類が仕掛けて来た時と同様にな」
もはや原型など留めない姿で、縦横無尽に道摩は襲い掛かってくる。右から左から、頭上から。虚を突くようなところから、死角から。粘土と触手の化け物は、周囲を占領するかのごとく激しく仕掛けてきた。
「じゃ、が――っと、じゃが、それで貴様はいいのか? アレは、恩人なのじゃろう?」
「どうした、貴様が妾に気づかいとは珍しい」
「純然たる疑問じゃ! 誰が貴様なぞ!」
「――仕方ないだろう。あんな様となっては、理性の復活など期待できまい。苦しみを終わらせてやることが、妾にできる手立てだ」
「ふん、随分と自分勝手な結論じゃな」
「妾も、エゴであることは重々承知している。だが、壊れた過去にしがみついていて、それで今を生きる者を守れよう、か」
枝分かれした触手の先端が、膨らみ、がぱりと口を開くと、そこから邪気にまみれた炎が吐き出された。その数は無数で、他方へ伸びた触手を焼いてしまおうと構う様子はない。
「――いいんじゃな。魂を砕き、無と還しても」
「妾は、そう言った」
身体が痛むのを堪え、触手や炎を腕力で、時には鬼火で、いなす。狐の方は、相変わらず舞うように捌き、その様子に不安はまるで思わせない。
理性が壊れた故に、狂ったように暴れるしか能のない道摩法師。妾は、触手の隙間を縫うように、鬼火球を放った。
『…………――――ッッ!!?』
命中。思念そのものを、妖気を込めて焼きにかかる。張り巡らされるそれそのモノと化し、瓦解した精神本体はその中を移り動くが、かといって、どうにもできぬ程ではない。
――奴は確かにいる。ここに居るのだ。




