《第432話》『それに答える者は誰もいない』
我は何者なのだろう。
そう思い返し、思考を巡らせるたびに。記憶の道を辿るたびに、何もない空間に出てしまう。
それはまるで、自分が森の中で妖怪に迷わされてしまったような、そんな感覚。行けども行けども、我の見る景色は変わらず、また、同じ場所に迷い出てしまう。
一応、道案内は居る。はっきりとした実体も姿もないのに、妙に重量感のあるやつで、それは半ば強引に、我の手を引いて記憶の森の中を歩くのだ。
時々、その引く手を強引に振りほどき、自分の意志で森を歩きはする。しかし、前述の通りの結果に終わってしまう。それはすなわち、己だけでは出口にたどり着けないことを意味している。
そんな中、正体の分からない真っ黒なアイツは、また我を迎えに来る。そして勝手に手を振りほどいた我には文句ひとつ言わず、また手を取り引いて森の奥へと進みゆくのだ。
黒い影は、何も語らない。ただただ、激しい憎しみと憤りを感じさせる手の引き方をして、我を先へ先へと導く。
その足取りは荒々しく。景色どころか足元に転がる、見覚えのある小石すらも無視して蹴飛ばし。不快な湿気を更に含んだ奥へ、奥へ。疲れを感じさせる気配もまるでない。
我は知っている。この黒い影に付いて進んだとして、明るい光のある場所へと出ることは、決してない。
けれども、我は他に先へと進む方法を知らない。他の場所に出る方法を知らない。
何故なら、この森は既に大半が伐採されてしまったから――。
他ならぬ、漆黒の案内人の手によって。




