《第431話》『果たしてあったのか』
「っ、なんと言う無茶苦茶を――汝自身が焼け死に消滅してしまったらどうするのだ!? 嗚呼、もったいない、もったいない……」
「妾は問うているぞ。何故、安倍晴明を憎んでいる?」
「っ、汝もそれはよくわかっているだろう!」
「そうだな。当事者の一人たる妾は、この魂の奥底まで理解している。妾とて、憎いさ」
妾を非人間から救った道摩法師。人としての自覚を取り戻させてくれた男により、その先は貴族の娘でもなく、白鬼でもなく、一人の人間として生きられると思っていた。
その当時こそ自覚は無かったが――アレは紛れもなく、あるべき人の姿だった。日々の生活に勤しむことは、到底楽であるとは言えなかったが、それでも、生きているという実感があったのだ。
だが、それを安倍晴明は壊した。そればかりか、その憎しみを利用し、呪術で加速させ、妾を鬼とした。当時の淡い幸せを奪い取ったあの陰陽師を、憎まない道理はない。
「だが、貴様は何故ヤツを憎む?」
「……――っっ!!」
道摩は、言葉を詰まらせた。
記憶が確かなら、道摩法師にとって安倍晴明は、好敵手とも取れるような存在だったはずだ。毎度敗北する本人は、悔しがりながらも腕比べを楽しんでいた節がある。
故に、憎しみの根源は妾と道摩法師が傷つけられたあの時に起因しているはずだ。
――だが、恐らく今のこやつは、
「いい当ててくれようか」
「――っ!」
「思い出せぬ。そうなのだろう」
「ぐっ、ぎ、五月蠅いだマれェッ!」
「っ!」
狐を侵食していたであろう破片は、それをやめたのかその身体から一斉に宙に浮く首へと集結した。そして妾そっくりの形を成すなり、両腕を鋭い触手の生えた爪と化し、襲い掛かってくる。
「図星か!」
「嗚呼、憎い――っ、」
白鬼の姿で、憎しみに囚われた魂は叫ぶ。
「憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎アアア亞アアあああアアア阿アア唖アアアアああアアア亞あああアアアああ嗚呼アアアアアアアアアアアア嗚呼アアアアアアアああ嗚呼アアアアアアアアア唖ああああ亞アア嗚呼嗚呼アあああああああアアアア」
その、残留思念を。




