《第427話》『遠き彼方』
「ほう、思いだした――?」
「ああ。妾が鬼と成った時や、それまでの人生全てを、な」
「ならば何をすべきか、分かっているのではないか? 憎き安倍晴明を屠るため、その膨大な妖力を我に渡すべきである、と」
当時の、全ての記憶。今までかかっていた霧のようなモノが、爆風にもにた何かで吹き飛ばされた後に、それが残されていた、そんな感覚。
何が起こって、記憶が戻ってきたかはわからない。だが、そんな今、妾の心を締め付ける想いが支配する。
そう、妾は悲しかった。今の道摩の姿が。
「どうしてお前は、そのように変わり果ててしまったのだ」
「うん? ああ、この姿なら、古く弱気肉体が滅びてしまったために――」
「誰が身体のことなど聞いた。二度も三流コスプレイヤーのごとき姿について語るでない」
「むぅ、外見に関しては美しき汝と全く同じ姿なのであるが」
「そんなことはどうでもいい! かつてのお前とは、似ても似つかぬ人格! 口調こそ変わらんが、過去のお前とはまるで別人なのだぞ!」
「ふぅむ、そう言われてもな――」
道摩は、顎に手を当てて思案顔に。縁起でも何でもなく、本気で悩んでいるような素振り。
しばらくして、こちらをなんの策謀も巡らせない瞳で見つめ口を開く。
「何のことを言われているのか、さっぱりわからんな」
「――っ!」
「大丈夫か? 本当に記憶は戻っているのか? どこか、頭でも打ってしまったのではないか?」
「ふざけるなッ!」
心配するような目で、しかし、冷酷な様子は微塵も変わっていない。
妾の記憶が告げる。かつて道摩法師と呼ばれた男は、人の幸せのために動くような男であった、と。
周囲に惑わされず、己の正義に正直で、時には世間が是とするモノにさえ非を唱える。常に自分の正義に正直で、それでかつての妾は救われたのだ。
しかし、今のこいつにその時の面影はない。
「まあいい。分からぬことはいくら考えても出てこぬもの。はっきり、無駄と言える。故に、今の汝の力を、九尾の力ごと我に渡すがいい」
道摩は。変わり果てた人格を象徴するかのように。背中から無数の異形そのものである触手を伸ばして襲い掛かってきた。




