《第425話》『否定を否とする』
「う、く、うぅ――?」
何か暖かなモノが妾の身を包んでいる。そんな感触を受けながら、暗い深淵の底から這いだすように、目を開ける。
頭が痛い。それも、割れるように。ピッケルで殴られたかのようだ。
だが、これは何だろうか。このひどい頭痛の奥底から響いてくる、沈鬱な気持ちは――、
「この馬鹿者がッッ!! 何を呆けておるのじゃッッ!!」
「――っ!」
妾は、その声でハッとなった。その声は、聞き間違えるはずのない狐の声。
そして、なぜ狐がここに、などと思う間もなく、妾の身体にかかる重みに気が付く。
「よ、たか――?」
他の誰が居ようか。背中を真っ赤に染めて、妾を抱きしめるようにして、自分の命より大切な夫・樹那佐 夜貴が意識を失っていたのだ。
「おとーさんは、その、おかーさんを、その、かばっ、て――」
「否。その男を手にかけたのは、違いようもなく狂鬼姫。貴様自身じゃ。偽りを言うでない、狂気鬼の娘その一よ」
「っ、あなた、なぜ――ッ!」
目に映る景色が。音が、遠い。
「愚かな貴様が、殺生石の邪気に負けて暴れたがために、貴様曰く大切な夫を傷つけたのじゃ。狂気に惑わされた愛する妻を、如何なる手も思いつかずとも、ただひたむきに止めたいと抑え込みにかかった樹那佐 夜貴をな」
宿敵たる狐の、責め続けるような声。その中で、意識が飛ぶ寸前のことが徐々に思いだされる。
目を向ければ、謳葉が背中に傷を負った活葉を支えている。
狐が、ボロボロになりながら剣を握り駆け回っている。
そして、ピクリとも動かない夜貴は夢幻にしてはしっかりとした重量感を妾に与えてくる。
妾は、何がしたかったのだろう。結局、何も守れていない。奥の手とのたまいながら、それで大切なものまで傷つけてしまった。
妾は――、
「じゃが、そやつは元より、貴様自身を否定してはならぬぞえ?」




