《第422話》『悪意に濁った魂』
名もなき九尾の狐は、裏切られたと。そう感じていた。
突如にして火をつけられた自身の寝床。外では殺気を漲らせた兵や術者たち。大妖狐たる自身の死を望み、刃を持って舌なめずりするたくさんの人間。
しかし、それ自体は仕方なきことであろうと、九尾の狐はどこか納得していた気持ちもあった。
罪無く滅ぼされた同胞達とは異なり、仇討ちや平定のためとはいえ、人間の世界に害をもたらしたのだから。彼らからしてみれば、自分は悪夢そのモノの害獣である。
だが、それにどうして娘まで巻き込んだのか、と。
九尾の狐の、ヒトとの間に授かった一人の娘。母である大妖怪を真似て尊大な態度をとり、よく似て聡明である。だが、よく転び、よく頭をぶつけてもいた、愛しき子。
娘には何の罪もないのだ。もしあの子に刃を向けられることが、名もなき九尾が無作為に人へと不幸をもたらしたことの罰だったとしても、それはあまりに残酷すぎた。
娘のために、九尾の狐は許しまで請うた。どれだけ歩み寄っても、やはり大半の人間は好かないが、それでも何も知らぬ我が子を守るために、誇りまでかなぐり捨てた。自身の全てはどうなっても構わない、と。自分で、甘いことをのたまっていることを自覚しながらも。
だが、彼らは冷酷にも娘を追い立てた。
一人の大妖と、無数の人間との戦争。戦火が辺りを飲みこむ前にと逃がした娘も、どうなったのかわからない。
そうして、滅ぼされた九尾の狐は人間を、世界を、運命を呪いながら、自らに強力な呪いをかける。自身を石と化し、ただ全ての憎悪を毒と瘴気に変えて周囲の生命を殺戮し続ける、この世の全てへと怒りを向ける呪いを。
自分はただ、同胞を志無き殺戮の手から救いたかった。できることなら、同じくして知恵の豊富な人間と、共存の道を築きたかった。
しかし、もはやそんなことはどうでもいい。それ程に思うまで、九尾の狐は怒り狂っていた。
「…………」
かつて、白面金毛九尾の狐と呼ばれていた憎悪の破片は、目に映るモノ全て、肌で感じるモノ全てに怒りを感じていた。自身に憎しみと悲しみを抱かせた、運命全てを。
――けれど、それは、
「――それは、あなたの大切な娘さんを、鳴狐を否定することだよ……」




