《第420話》『他には何もない空間』
「――っ、ここは……?」
はっと、僕は目を覚ました。――いや、我ながらその表現はおかしいとは思いながらも、他に例えようのないその感覚に困惑する。
僕は、この直前まで呉葉を抱きしめていたはずだった。直後、背中に思い鉄の塊を叩きつけられたかのような苦痛を感じ、一瞬にして目の前が真っ暗闇に包まれたのだ。
「…………」
そして今僕は、この空間にいる。真っ暗な、どこまでも真っ暗な、果てなき深淵の続く空間。街の明かりも星の光もない夜空とは、きっとこのような光景なのだろう。
そんな中に、自分の姿がはっきり浮かんでいる。あるいは、何もないというのはこのようなことを言うのだろうか?
もしかすると、死とはこのような――、
「――っ!」
ぶるるっと、全身に寒気が走った。あまり、自分の生き死にを推測するのは気分がいいものではない。
今の考えを霧散させるつもりで、前へと足を進める。と言うか、進んでいるのかすら分からない。踏みしめている感触が、まるでないのだから。
「呉葉――」
今自分がどうしてここに居るのか。その理由は見当がつかない。だが、そんなことよりも、呉葉の方が心配だ。
僕が死んじゃったら、呉葉は悲しむかな――それとも、無謀すぎる行動に怒るだろうか。どちらにせよ、心労をかけてしまうことは間違いないだろう。
何にせよ、呉葉といつものように平和な時間を過ごしたい。叶う願いか、はたまた叶わぬ願いか。僕は歩きながらどうすべきかを――、
「――うん?」
しばらく行くと、急に何かの気配が強くなった。
それは、業々と燃え盛る炎のごとく熱いような。それでいて永久凍土の中のような冷たさのような。
身を刺す憎悪。怨恨。それを今、確かに僕は感じていた。そして――、
その先に、赤黒く燃える一抱えほどもある炎の球を見つけた。




