《第405話》『跳ねる心臓』
「…………」
大の字になって倒れる妾を、妾が見下ろしている。絶対零度の眼差しは、心が無いとはまた異なる、鋭く突き刺さるような、触れれば凍傷では済まないような視線。
漂わせる気配にもまた、妾と酷似。それどころか、まるで同じ。しかし、そこに邪気の影と同様の、胃を圧迫するかのような気分悪さが含まれており、それで妾は、偽物が邪気の影と融合した者であると確信する。
――体が動かない。
度重なる身体への深刻なダメージ。疲労。指先一本ですら、動かすことはままならず、もはやこれまでだと言う事を認めざるを得なかった。
妾の中で、一抹の後悔と安堵の入り混じった複雑な感情が渦を巻く。
夜貴の言う通り、皆で協力して応対すればよかったと思う一方、妾一人の犠牲で済んだという想い。
妾でさえこうなのであれば、他者でも同じか、もしくはそれ以上の傷を負っていた。下手をすれば死んでいた可能性すらも、充分にある。
想像するだけで、何という恐ろしさか。妾の愛するヒトが。同胞が。痛々しく傷を負いながら命を落としていくなど。命は、漫画や映画のように軽くはないのだ。
――ああ、そうか。夜貴は、こういうことを言っていたのか。
ここまで来て、ようやく愛する夫の言っていた言葉の意味を理解する。
妾の知らぬところで、愛する相手の命が無残に消されてゆく。それは確かに恐怖であるが、その恐怖は夜貴たちも同じだったのだ。
己の力を、過信しすぎていたというのもあるだろう。しかし、それ以前にアイツらの気持ちも考えてやれていなかったのだ。
妾はなんと愚かだったのか。今更それに気が付くなど。
しかし、全ては過ぎてしまったこと。己のしでかした過ちに、気が付くのが遅――、
「ドウマサマ~! オニのフタゴを、おツれしましたよぉ~?」
その時、この状況にはとてもそぐわない間抜けな声が聞こえる。霞む視界でその方向を見ると、血の気が引いた。
金属の生首が、謳葉と活葉を咥えて宙に浮いていたのだから。




