《第373話》『肉体を得た思念』
一度伸ばした腕をひっこめた白い人型は、とてつもない俊敏な動きで飛び掛かってきた。両腕をゴリラよりも屈強に、爪を鷹よりもさらに鋭くしながら。
「くっ、ぐ――ッ」
妾は咄嗟に反応し、敢えて前に飛びこむ。そうしながら、腕が振るわれる前にそれを止めにかかった。受け止めると、床の上に妾を中心とした亀裂が入り、身体が地面に沈みこみ始める。
重く伸しかかってくる腕の力。単純なパワーだけでも、全身を使わねば抑え切れない。
「ギィハギャァッ!」
人型の腹が裂け、中から鋭い牙の生え揃った顎が飛び出してくる。アメリカ映画のエイリアンの内側の顎を思わせるそれは、まず間違いなく妾に食らいつこうとしている。
「っ、この――ッ」
身体が押さえつけられていてはどうしようもないと、腕の力に抗うことをやめ、横へと受け流す。さらに、その反作用を利用して反対側へと跳躍する。
――が、
ざしゅり、と、妾の肩に激痛が走った。
「――っ、何……?」
横目でちらりと確認すると、鋭い鎌のようなモノが肩を深々と斬り裂いていた。それは人型から伸びあがる尻尾の先端で、こちらの動きを読んだように――否、なんと、見てから放たれたような、アドリブ的思考が感じられる。
「グググ、ドウシタ狂鬼姫? 我ノ動キニツイテコレヌノカ?」
「――身体を得て、随分と楽しそうだな、貴様」
慌てて距離を取ったが、追いかけてくることは無い人型――邪気の影。その意識は全くそのままのようで、調子に乗っているのがよくわかる。
『実体無き思念では不安定であり、いつ霧散してもおかしくありません。故に、私はその存在を固定する肉体を与え安定を図ることにたどり着きました』




