《第338話》『大切なヒトだからこそ』
「あっ、おかーさん!?」
「泣きながら走ってっちゃった――」
「僕より年上どころじゃないのに、『わーん』って――」
いやまあ、元から子供っぽいところはあったけど、まさか伝説の鬼神があんな泣き方をするとは。ううん、ちょっと悪いことしたかも。けれども、こればっかりは仕方ない。だって、
「――ちょっと、私は今すごく困惑してるんだけど、それはともかく放っておいていいの?」
「一度、呉葉は自分自身を見つめ直さなきゃいけないんだよ」
呉葉は、僕なんかよりもずっと長い時間を生きてきた鬼である。見てきた光景も、比べ物にならない数だし、その都度感じた思いもそれこそ無数だ。
けれども、話を聞く限り、対等の立場な、さらに言うならつがいを持ったことなど一度もなかったらしい。その上、目の前のそっくりな二人が未来からきた自分の子供だと言うのなら、勿論それも初めての経験なのだろう。
「呉葉は、少し前までの呉葉とは違う、今の自分自身を自覚しなくちゃいけない。すごく頑張ってると思うけど、本当の意味で理解しなきゃいけないんだ」
「はぁ――?」
「『呉葉』と言う自分自身が大切な存在なのは今までと同じ。だけど、その『大切』のベクトルが違う」
狂鬼姫だった頃の呉葉が「大将」と言う統率と言う意味での「大切」ならば、今の呉葉は一人の「人物」として「大切」なのだ。どちらがより重要とかではなく、その意味が違う。
二つを並べれば、その違いは明らかで――きっと、呉葉は気が付いてくれるだろう。
そうして、気が付いてから。初めて、自分が戦うと言う「意味」を理解する。
「というかさ、」
「うん? どしたの藍妃?」
「私、今の話聞いちゃっててもよかったの?」
「…………」
「…………」
「活葉」
「ええ、謳葉」




