《第335話》『弱くとも強き眼差し』
「まるでよくないではないか!?」
妾は夜貴に迫り、ここが病院内であることも忘れて声を荒げた。
「よかったことにはよかったが、よくないッ! 妾が、どれだけ不安になったと思っているのだ!?」
周囲からの視線を感じる。しかし、それでも怒鳴ることをやめられない。妾は、冗談のつもりなどさらさらないのだ。いかに愛した男と言えども、こればかりは本気で怒りをあらわにせざるを得なかった。
――だが、この長い生の間、ここまで怒った覚えすらないほどのそれをぶつけたにもかかわらず、
「それはどうして?」
本人は驚くどころか、強い意志のこもった瞳で、妾の瞳を見つめ返してきた。
「っ、どうしてって、それは――ッ!」
「どうして?」
「それは――、」
妾は、それ以上口にすることは出来なかった。なぜならそれは、夜貴の身に起こったこと、そして今のこの時代の危機となるかもしれない事態を、知らせてしまうことにつながるのだから。
妾は、愛する者を可能な限り危険から遠ざけたい。それは当然。だがそれ以前に、妾には力を持つ者としての責任がある。弱者に火が飛ばぬよう、その前に全て払い飛ばすと言う。
それを、目の前のこの男は、
よく見れば小さく震えつつも、それを真っ向から否定する眼差しで睨みつけているのだ。




