《第314話》『浮上』
「……-さん。おかーさん!」
「っ!?」
呼びかけられ、私は、いや「妾」はハッとなった。
目の前にあるのは、開け放たれた木造の扉、そして妾の面影を持つ二人の娘。どこにも、妾を閉じ込めていた扉も、そこから出した男も存在しない。
他にあるモノと言えば、内臓ごと吐瀉物を巻き散らかしそうな程の重い邪気くらい。
「――おかーさん、顔色が悪いわ。大丈夫?」
「――お前たちは何ともないのか?」
「うーん? ちょっとだけ息苦しい、かなぁ?」
どうにも、この強い気配を感じているのは妾だけらしい。謳葉も活葉も、平然とした表情でそこに居る。それを強がりだと言ってしまうには、この身が感じている邪気が重苦しすぎる。
「どうする? もう一度、出直す?」
「…………」
正直、今すぐこの場から抜け出したいくらいの気分の悪さを感じていた。しかし活葉は、「向き合わねばならない」と言った。謳葉も、心配そうな目でこちらを見ているが、同じ意志を持ってここに妾を連れてきているようだった。
「――いや、行こう」
「――うん、わかったよ。おかーさん! わたしたちが付いてるからね!」
娘二人はそれぞれ両側から妾の手を握ってくる。
視線の先には、下へと下る階段。邪気は、階下の方が強いようだ。だが、確かな娘たちの手の感触に、妾は下る決心がつく。
――しかし、なぜこの娘らは大して何も感じていないのだろう?
「ソレハコノ邪気ガ、元々ハオ前自身ガ秘メテイタモノダカラダ」
「――っ!」
目の前に突如、夜貴の姿を模しながら邪気の一部が集約した。
妾の心を、見透かしたかのような言葉と共に。




