《第313話》『道摩法師』
「ほう、お前が『白鬼』か」
「――?」
さざ波立つ虚無の中で、何者かが私に声をかけた。若い男の声だ。
「ふぅむ、なるほど――ほう、これは思っていたよりも美しい女ではないか」
男は、感嘆のため息と共にそう言った。しかし、こちらに相手のことを確認する術はない。
なぜなら、今は夜なのだから。それをなぜ、月明かりすらほとんど刺さぬこの建物の中に居る私を? 女であるとは判別できないハズだ。
「今出してやろう。ちょっと待っていろ」
ガチャガチャと、外で鍵を外す音が聞こえる。ほどなくして、観音開きの扉が明け放たれる音が聞こえた。
「どうした、そのような不思議そうな顔をして?」
それはそうだろう。一応、ここは昼夜問わず警備の者が付いている。勿論、厄を引きつける私に誰も手を触れさせないためだ。
だが、争ったような声も無く、辺りはしんしんと静かなまま。あらゆることが、奇妙な状況。これに首を傾げない、などと言う事は不可能だろう。
「ふむ、ともすれば状況に困惑しているのか? 考えてみれば、それも無理からぬことか。ではまず、自己紹介をせねばな」
水面にまた一滴水滴が落ちる。それを落とした、その男の名は――、
「我は旅をし、陰陽道の道を極めんとする者。人々には道摩法師などと呼ばれている」




