《第311話》『揺れ動く水面』
「白鬼、食事だ」
「…………」
こんな状況に陥ってから、もう二十日――いや、それ以上、か? 昼と夜が繰り返し、数える手立てもなくなり、人間の腕力では到底建物もビクともしない。
そして、誰とも言葉をまともに交わせず、ただぼーっと時を過ごす日々。永遠にも思える、時の流れ。
――「わたし」は、自分が虚無となりゆくことを実感しつつあった。
そもそも、ここまで来ると今までの光景の方が夢だったのではないだろうか?
わたしがそもそも、夫も子供も、友もまともな知り合いも手に入れられるはずがない。なぜなら、わたしに自由など最初からないのだから。
わたしは、白い髪と赤い瞳を持ってこの世に生を受け、何の謂れも無く石を投げられ、そして何もしていないのに閉じ込められ。
――そう言えば、あの狐は今頃どうしているだろうか?
わたしと、いつからか一緒に遊ぶようになった、半人半妖の少女。名前は――なんと言ったか。
あの時は――まあ、悪くはなかった、と思う。波が一切怒らないと思われた水面に水を一滴垂らしたかのような、世界が変わるほどの波紋が巻き起こった。
しかし、今は会うことは叶わない。わたしが、ここに閉じ込められている限りは。




