《第306話》『鬼の邪念』
消えていく邪悪な影を見つつ、妾は口を開く。
「あれは――夜貴ではないな? 一体、何だアレは?」
勿論、そんな事は実体がないことを確認する以前に感づいていた。しかし、何故夜貴の気配を帯びた邪気の塊が、明確な敵意を持って襲い掛かってきたのか。
しかも、含んでいたのは夜貴の気配だけではない。――そっちに関しては、少しどころではなく分からない。
「アレは――鬼の強い妄執が生み出した幻影よ」
「むぅ――」
ある程度、そうではないかとは思っていた。「鬼」と言う存在について、妾も完全には把握しきれていないし、知りつくしている者などまずいない。だから、何が起こっても驚くことは無いのだ。
だが、それでも府に落ちない点がある。
「夜貴は、ついぞこの間鬼と成ったばかりだぞ? そこまでの力を秘めているものなのか? 勿論、爆発する程の想いがあれば、新たな存在――とも呼べるものをあのように作れるかもしれないが……」
妾の場合は、まさしくその典型であったと聞いている。だが、夜貴の場合はじわりじわりと、岩から水がしみ出してくるかのように緩やかに鬼と成り、狂った。
妖力の関係でも、エネルギー保存の法則に似た関係が成立する以上、この状況はやや不気味だった。
「だから、わたしたちがおかーさんのところへきたの!」
「む――?」
「この先にあるモノに、おかーさんは向き合わなければならないわ」




