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《第291話》『夜』
「夜貴、落ち着け――っ!」
「フフッ、ア、ハハ――ッ!」
夜貴の身の内から、絞り出されるように放たれる邪気。紛れもない。そこからあふれ出るのは、偽物の妾が言っていた通りの鬼の気配だった。
「クレ、ハァ――!」
「――っ!」
邪気の塊が、無数の腕の形となってこちらへと伸びてくる。
妾はそれらに対して、拳を一振り。風に吹かれた煙のように邪気は一度霧散する。
――が、再びまとまったかと思うと、同じように邪な「手」となって掴みかかりに来た。
「ハナサ、ナイ――ハナシタク、ナイ……ッ」
「よ、たか――っ!」
激流のように押し寄せてくるそれを、妾は真正面から受けた。
だが、防げなかったのではない。止めるだけなら。吹き飛ばすだけなら。いかようにでもできる。どれだけ墜ちても、かつては「狂鬼姫」などと呼ばれた鬼神だ。
だが、妾は。夜貴を傷つけたくなどない。
「待っていろ、夜貴――」
押し寄せる邪気の中を――暗い感情の本流の中、妾は一歩踏み出す。
「妾が、お前を混沌から救い上げてやるからな――ッ」




