《第二十八話》『心は言葉にしなけりゃわからない』
「――フン、何をしに来たというんだ?」
こちらを振り向きもしない呉葉に、僕は思わず怯んでしまう。
僕にとって、今の彼女の態度は出会った当初の威圧などよりもよっぽど怖い。なぜなら、呉葉が僕から興味を失うということは、すなわち手を離れていくことを意味するから。
「何をって、連れ戻しに来たに決まってるじゃないか」
「ご立派な職業意識だな」
「っ、別に僕は義務感なんかで――」
「はん、どうだか。お前の見ているモノはいつだって『人間』だ。それも、特定の個人などではなく、一つの概念として、だ」
呉葉の言うそれは、「平和維持継続室」が見ているモノそのモノだった。平たく言えば、「人間」を中心に考え、その「人間」は数値で見る、というモノ。分かりやすい損得勘定だ。
――彼女にそう言わせるほど、僕は失望させてしまったのだろうか?
一つ分かることは、たとえ僕が何を言ったところで、今の呉葉は一切聞き入れてはくれないだろうということだ。
「――となり、座ってもいい?」
「…………」
「座るよ」
特に拒絶されなかったので、僕は呉葉の隣に腰かけた。それすら拒否されたら、本気でどうしようもなかった。
――全く信用を失ったわけでもない、らしい。
「…………」
「…………」
「…………」
「え、えーっと――」
だが、気不味い。僕らの間に、これまで流れたことのないほどの重苦しい空気が――、
「――――――――――――――――――――――――――ただ、寂しかっただけなのだ」
「呉葉――」
街を覆う空は、オレンジ色に染まっていた。




