《第二十七話》『後悔先に立たず。怒り先に立ちます』
「――ハァ」
やってしまった。つい、癇癪を起こしてしまった。
妾は自分が今住んでいる街を一望できる山の上のコンクリートブロックに座りながら、その街並みを見下ろした。都市から少しだけ離れたここは、それなりに交通の便もよくて、日常生活からちょっとした贅沢まで、幅広いライフが楽しめる。
もっとも、こんな人間の街に住み始めたのも、つい最近の話。夜貴と祝言を上げるまでは、こことは別の山奥、その結界の奥でひっそりと暮らしていた。
その暮らしの方はと言うと、他の低級・中級妖怪の貢ぎ物のおかげで、割と潤ってはいた。身の回りの世話も下僕共が行ってくれていたし、一部の人間からも鬼神と畏れ敬われ、彼らの文化で通用する貨幣さえたんまりとあった。
しかしそれらを全てかなぐり捨て、さらには人間から存在を黙認されるというお情け甘んじて受けながらもここで生きているのは、ひとえに、その中でもある人間を愛してしまったからである。
そう、当然夜貴のことだ。
勿論、それを後悔してなどいない。そもそも、今までも、これからもずっと愛し続ける自信がある。例え彼がしわくちゃの老人になろうとも、命を寿命で落としても。時の壁が我ら二人を分かつその後どれほどの時が経とうとも、愛を語り続けることができる。
――つまり、妾自身にも夜貴にも、時間はいくらでもあるのだ。鬼は不老であり、人間はどれだけ頑張っても寿命で死を迎えるとはいえ、焦るほどではないというのは分かっている。
なのに、だ。妾自身、あそこまで自分にこらえ性がないとは思わなかった。
久々に二人でのまとまった時間がとれたということもあるだろうが、それが二度とこないわけではないだろうに、ついそれを邪魔する者たちに当たってしまった。
そしてそれを諌めようととする夜貴にも、妾自身のもやもやとしたうっぷんを叩きつけるように怒鳴ってしまった。
本当に、愚かだと思う。夜貴は決して妾をないがしろにしているわけではないし、中途半端にならぬよう仕事をしているのが分かっている。自らの立場も忘れ暴れたのも自分が悪いし、そんなモノはとがめられて当然だと思う。
――そうであるにもかかわらず、だ。
「よ、ようやく見つけたよ、呉葉――っ」
「――……」
その声を聞いた時、妾は無性に意地を張りたくなってしまった。




