《第272話》『二人の狂鬼姫はその先に何を見るか』
「呉葉!」
「なんだ?」
「パンケーキ焼けたよ!」
「う、うむ――」
夜貴の変貌事件から、一週間ほど経っていた。
一見のどかで平和な光景であるが、実際その通りで、特にさしたる事件も起こることは無く、あの時の騒ぎがまるでウソのようである。
「――それにしても突然休みなんて、一体どう言うことなんだろうね?」
「あー、まあ、あんまり働きすぎだと妾が寂しさで死んでしまうからな」
「確かに白いけど! うさぎじゃないでしょ!? また何かしたの!?」
「妾は己が望むことを必ず成し遂げる存在なのだ――!」
「もーっ、あんまり無茶苦茶しないでよー?」
夜貴はパンケーキの切り分けへと戻ってゆく。
そんな夫のあの時の記憶も、ついでにカオルとか言うヤツの記憶も消し去っておいた今、その騒動もなかったことになっている。妾は本部へとその存在を知られず、また、夜貴は何ゆえかみなぎらせていたカオルへの殺意も、そもそもの存在も覚えてはいない。
「ああッッ!!?」
「っ、どうした!?」
「バターが無いッ!」
「作るのに使ったのではないのか!?」
「違うよ! チューブ使ってたから、四角いアレがないことに気が付かなかったんだよ!」
「四角いアレって――いや、充分、充分伝わるが……」
「近くのコンビニで急いで買ってくるね!」
そう言って、夜貴は財布を持って慌てて出て行った。いっそもうチューブバターでいいではないか――。あーあー、出来立て、が……?
「んむっ、んむっ、何もつけずとも割と美味いではないか」
「んなァッ!?」
「うむ、一週間ぶりだな。本物の妾よ」
パンケーキの方を振り向くと、折角のそれを勝手にもっしゃもっしゃ食べよる、幻影の妾がエラソーにフォークを握っていた。




