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《第269話》『覗き現るる闇』
妾は、今目の前で信じがたい光景を見ていた。
普段優しい夜貴が、酷く冷たい目で相手を見下ろし、銃をつきつけている。普段の夫からは到底想像もつかないその様子に、その場に居る誰もが固まっていた。
「ど、どうした夜貴――? お前……」
「ちょっと待ってね。すぐに終わらせるから」
夜貴は、いつもと全く変わらない――本当にちょっとした作業を片付けるような声色で、引き金を引いた。
「っ、待て夜貴っ!?」
妾は我に返り、銃口を握り潰すことで弾が発射されるのを止めた。行き場を失ったエネルギーが、拳銃を破裂させる。
「わっ、呉葉!? 大丈夫!?」
「大丈夫? ではない――ッ! 何をやっているんだお前は……ッ」
「何って、だから――」
「そう言うことを言っているわけではない馬鹿者!」
妾がそう言っても、夜貴はきょとんとした表情で見返してくるばかり。そこに邪気を感じるどころか、何かに取り憑かれた様子もなく、本当にいつも通りだった。
一週回って、恐怖を覚える程に。




