《第238話》『その辺の妖怪の万倍は怖いby呉葉』
『いらっしゃいませ、今だけ、今だけの特別セール! 500g5999円の松坂牛が、8割引き! 8割引き! 先着10名様!』
「なぬ――っ!」
妾はそれを聞いて振り向いた。今、とんでもない話を聞いたぞ――?
その店内アナウンスが流れるや否や、おばちゃんたちの流れも精肉の方へと流れ始める。これは、妾も乗り遅れるわけにはいかない。
「ぬぉあぁ――これは、すさまじいな……」
戦場、と一言で済ますには到底足りない光景がそこには広がっていた。
ひしめき合うおばちゃんたち。皆が皆殺気立ち、おぞましき憎悪すら立ち昇って見える戦いが、そこでは繰り広げられていた。
無数の妖怪達が行進することを、百鬼夜行と言う。人間達はそれに慄き恐怖に身を震わすと言うが、正直この大混戦と比べれば、そんなモノは屁にもならないに違いない。
「と言うか、正直言ってこの熱気は――」
妾ですら恐怖を感じる。この齢千年を越えた鬼神である、この妾がである。
と言うかまず見てみよ!? 他者が取ったモノを殴るようにしてひったくりあうの繰り返しだぞ!? おばちゃんたちおそろしすぎるだろう!? 全国の者共を集めてエネルギーを集めれば、島国の一つでも吹き飛ばせるのではないか!?
――が、だ。妾も松坂牛が欲しい。だが、8割引きと言う頭のおかしい値引きのために、頭のおかしいパワーへと飛びこむのは……流石に命の危険を感じる。
まあ、この手しかあるまい。
妾は空間に穴を作り、その出口を松坂牛のパックのある場所へとつないだ。
ふっふっふ、真正面から針の山に飛びこむなど、知識人のすることではないからな。妾は妾のやり方でやらせてもらう。臆病者と罵られようが、知ったことでは――、
がしっ
「――っ!?」
パックを手にした妾の腕が、何者かに捕まれた。
――恐怖で固まった隙をつかれ、松坂牛は奪われてしまった。




