《第二十話》『路上で事故ってさあ大変(ドジョウは出ない)』
「貴様アアアアアアアアアアアアアアッッ!? よくも妾の牙跳羅に傷をつけてくれたなァ! 降りてこい、粉々にして虚空の彼方に消してくれるわァッ!」
「ちょっと呉葉落ち着いてェ!」
肩を怒らせ、勢いよく扉を閉める呉葉を僕は追いかける。
追突された彼女の愛車は、フロントの右横が大きくへこまされていた。しかも、かなり強くぶつかったようであり、タイヤの方向が歪んでいる。
――だが、それ以上に、今の呉葉からは真っ黒なオーラのようなモノがリアルに立ち昇っており、殺気に満ちたその姿はこの世の何よりもマズい気配を放っている。
「離せ夜貴! 妾はあの不届きなドライバーに制裁を与えねばならぬ!」
「落ち着いてって! ちゃんと話しあいで解決しようよ! というか、怒りに任せて暴れたら危ないよっ! 折角存在が黙認されているのに――!」
一応、彼女ほどの鬼となると、その妖気を隠す術は心得ている。普段であれば、見た目が妙に白い女の子で通るのだ。
しかし、今の呉葉は凶悪な鬼の一面が外側ににじみ出ている。こんなところを、他の事務所の職員にでも見られたら――。
そんな僕の心配をよそに、呉葉はぶつけてきた相手の車の扉を勢いよく開けた。その勢いは、今にも胸ぐらを掴み殴り殺してしまいそうな気迫――、
「にゃーん」
――だった。
「…………」
「…………」
「にゃーん」
「にゃんこ!?」
なんと、車の座席に座っていたのは一匹の猫だった。
「夜貴! にゃんこだ、にゃんこだぞっ!」
「いやいやそれは分かってるけどなんで猫!?」
別に妖怪であるとかそういうモノではなく、ごく普通の、一匹の黒い子猫。うるうるした瞳はひたすら庇護欲をかきたて、百戦錬磨、正真正銘の鬼神であるあの呉葉が、あっという間にデレデレ陥落状態だ。
「ちちちちち、にゃんこー、こんなところで何をしているのだー?」
「にゃーん? にゃーん」
「ぷおっ!?」
突然、見えない力に突き飛ばされる呉葉。直後、扉が勢いよく閉じ、事故を起こしたその車が走り去っていく。
「にゃ、にゃんこが――」
「い、いや、にゃんこはいいとして、車――」
「――……、」
「…………」
「そうだったではないかァーっ!?」




